研究課題/領域番号 |
25860732
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研究種目 |
若手研究(B)
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研究機関 | 独立行政法人国立精神・神経医療研究センター |
研究代表者 |
横田 睦美 独立行政法人国立精神・神経医療研究センター, 神経研究所疾病研究第二部, 流動研究員 (10647415)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2015-03-31
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キーワード | 細胞初期化 / ミトコンドリア病 / m.3243A>G変異 / ミトコンドリア機能異常 |
研究概要 |
本研究では、ミトコンドリアDNA変異に起因するミトコンドリア病の中でも最も頻度の高いMELAS(m.3243A>G変異)に着目し、細胞初期化/分化過程におけるミトコンドリア機能異常の影響を検証することを主目的とした。 はじめに、ミトコンドリア機能異常が細胞初期化に及ぼす影響を解明するため、複数の患者由来m.3243A>G変異線維芽細胞株からそれぞれiPS細胞を誘導し、検体ごとに線維芽細胞とiPS細胞の変異率の分布を比較した。その結果、極めて高い変異率を有するiPS細胞は誘導されにくい傾向があることを発見した。 続いて、患者線維芽細胞に対して異なるm.3243A>G変異率を有する1細胞由来のクローンを複数単離し、細胞初期化におけるミトコンドリア機能異常の影響を精査した。その結果、90%以上の変異率を有する患者線維芽細胞クローンでのみミトコンドリア呼吸鎖酵素複合体I、IVの顕著な活性低下を認め、それに伴うiPS細胞誘導効率の顕著な低下を発見した。以上の結果から、ミトコンドリア機能異常は細胞初期化に対して強力な負の制御因子として作用する可能性が示された。一方、樹立されたiPS細胞の特性解析の結果、たとえ変異率100%であってもm.3243A>G変異患者由来iPS細胞はES細胞と同等の多能性を維持していた。すなわち、m.3243A>G変異によるミトコンドリア機能異常はiPS細胞の多能性維持には影響を及ぼさないと考えられる。 さらに、細胞初期化過程でのm.3243A>G変異率の変動の有無を検証するため、1細胞由来の患者線維芽細胞クローンからiPS細胞を誘導し、クローン線維芽細胞とiPS細胞の変異率の分布を比較した。その結果、m.3243A>G変異率の分布は細胞初期化過程において大きく変動しないことが明らかとなった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
変異型ミトコンドリアDNAを病因とするミトコンドリア病には、正常型/変異型ミトコンドリアDNAの割合が一定値を超えることでミトコンドリア機能異常が顕在化し、病態発症へと繋がる疾患群が多く存在する。しかしながら現状では、患者間で認められる臨床病型の多様性(発症年齢、罹患臓器、重症度など)についての十分な知見が得られていなかった。 本研究では、複数の患者由来線維芽細胞クローンを活用することで、①患者由来の線維芽細胞株は多様なm.3243A>G変異率分布を示す細胞集団で構成されており、②患者間では変異率分布の形状(ヒストグラム)が全く異なることを発見した。これは、ミトコンドリア病患者の筋病理所見などから推測される「組織内でのミトコンドリアDNA変異率の不均一性」を培養細胞レベルで実証した極めて重要な結果であり、特にミトコンドリア病の臨床診断領域に対して非常に有用な知見といえる。 さらに本研究では、異なるm.3243A>G変異率を有する1細胞由来のクローンを活用することで、m.3243A>G変異によるiPS細胞誘導効率とミトコンドリア機能異常への影響の関連性を発見した。これは、ミトコンドリア機能異常により惹起された細胞恒常性維持機構の部分的破綻が細胞初期化過程における強力な障壁となりうることを示唆する重要な結果であり、ミトコンドリア生理機能の健全性が体細胞の多能性獲得における役割の一端を担っていることを示唆している。 以上に示すように、m.3243A>G変異に起因するミトコンドリア機能異常が細胞初期化に及ぼす分子遺伝学的・生化学的・細胞生物学的影響を解明することに成功した。本研究成果は、基礎科学領域および臨床診断領域に対するいくつかの新たな知見の提示に繋がり、学術的貢献度は高い。
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今後の研究の推進方策 |
複数の患者由来線維芽細胞から樹立された様々なm.3243A>G変異率を有する疾患iPS細胞を活用し、ミトコンドリア機能異常が細胞の発生・分化段階に及ぼす影響を解明する。ミトコンドリア病は全身に症状を呈しうる疾患であるが、本研究では、神経系細胞(病態が現れやすい組織)および造血系細胞(比較的病態が現れにくい組織)を対象とする。様々なm.3243A>G変異率を有する疾患iPS細胞から前駆細胞、最終分化細胞へと段階的に分化誘導し、m.3243A>G変異率の変動やミトコンドリア機能異常が分化段階に及ぼす影響を両組織細胞間で比較解析する。これにより、ミトコンドリア病でみられる組織・臓器特異的な病態発症機構の分子基盤の解明を目指す。
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