研究課題
若手研究(B)
本年度はX連鎖重症複合免疫不全症(X-SCID)に対する、フォーミーウイルス(FV)ベクターによる遺伝子治療の効果を、X-SCIDマウスを用いて検証した。安定した発現を目標としてA2UCOE配列をプロモーターとして、その下流にγc鎖cDNAを組み込んだFVベクタープラスミドを作製した。これをヘルパープラスミド(gag, pol, env)と共に293T細胞にトランスフェクションし、ウイルスを作製、回収した。作製したウイルスにより、γc鎖欠損ヒトT細胞株であるED40515(-)に遺伝子導入を行なったところ、フローサイトメトリーにて細胞表面上にγc鎖の発現を認めた。またIL-2の刺激によりシグナル下流のSTAT5のリン酸化を認め、導入γc鎖の機能も確認した。遺伝子導入後のED40515(-)におけるベクター挿入部位解析では、コントロールであるレトロウイルス(RV)ベクターに比べて、転写開始部位近傍への集積は有意に低く、また、遺伝子外への挿入が多いことから、FVベクターの安全性が示唆された。次に、X-SCIDマウスから採取した骨髄細胞に、上述のFVベクターにより遺伝子導入を行い、その後NOGマウス(NOD/SCID-γc knock out )に移植した。移植後のマウスでは、T(CD4, CD8)リンパ球、B(B220)リンパ球の出現と、ベクターによるγc鎖の発現を認めた。脾臓より採取したTリンパ球を CD3抗体で刺激したところ、増殖とIL-2産生の回復を認めた。また、移植後のマウスでは、血清の免疫グロブリン(IgM, IgA, IgG)レベルの上昇を認め、B細胞の機能的回復も確認した。以上の成果を学術誌(PLos One. 8:e71594, 2013)に発表した。
2: おおむね順調に進展している
本年度は、 FVベクターのシステム作製に時間を要した。FVベクターシステムにおいては、申請者の経験よりそのセットアップに時間がかかるため、その条件設定を重点的に行なった。その中で、対象であるX-SCIDへのFVベクターの効果を、in vitro, in vivoともに確認することができ、その結果を学術誌に発表した。FVベクターによる動物モデルへの遺伝子治療は、いまだその報告は少なく、X-SCIDへの適応は初である。しかし本研究では、FVベクターシステムの効果を全体的に改善することを目的としており、現在も研究の継続中である。
安全性の向上および遺伝子導入効率の上昇に重点を置き、以下の研究を継続する。①これまでの遺伝子治療では、特定の疾患(X-SCIDやWiskott-Aldrich症候群)において、導入遺伝子の発現パターンも発がんに関与すると考えられている。そのため、より生理的な発現を目標とし、プロモーター領域も含めたヒトγc鎖ゲノムを組み込んだベクターを作成中である。②遺伝子導入時の 幹細胞の性質(自己複製能、多分化能、生着能)の維持を目指して、細胞内アダプタータンパクであるLnkのdominant negativeフォーム(dNLnk)を導入する。申請者は既にマウスおよびヒトdNLnKを作製しており、これらをゲノムへの影響を与えずに導入する方法として、オクタアルギニン( R8)付加 dNLnkをタンパクとして導入する方法とインテグラーゼ欠損非挿入型レンチウイルスベクターによる導入を検討している。③FVウイルスベクターの遺伝子導入効率の低さには、力価の低さと高倍率の濃縮に伴うエンベロープの毒性の増強などが考えられ、これらを克服するためにウイルス産生細胞株の作製を現在行なっている。④その他に、発現効率に影響を与える要因として、染色体へのベクターの挿入部位が考えられる(位置効果)。レトロウイルスの発現の強さには、遺伝子の転写開始部位近傍に挿入されるということも大きく、逆にレンチウイルスでは、転写開始部位より下流の遺伝子内に挿入されることから、実際の遺伝子治療においても、発現効率が低い場合がある。 これは治療効率に直接影響することであり、FVベクターにおいても詳細な挿入パターンを検討する必要がある。具体的には、染色体での挿入部位におけるH3K4me1(転写開始部位)、H3K36me4(coding 領域)、H2AZ(エンハンサー/プロモーター領域)などの解析を行なう予定である。
初年度はFVベクターのシステム構築とX-SCIDマウスモデルを使用した研究を行い、かつ、研究成果を学会、および論文として発表した。しかし、dNLnkのタンパクとしての精製や、次世代シークエンサーによる遺伝子導入部位解析など、使用額が大きい項目の一部が、次年度へ回ってしまった。dNLnkのタンパクとしての精製や、次世代シークエンサーによる遺伝子導入部位解析、ヒト造血幹細胞培養のためのサイトカインの不足分に使用する予定である。
すべて 2013
すべて 雑誌論文 (4件) (うち査読あり 3件) 学会発表 (5件)
PLos One
巻: 8 ページ: e71594
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