四足哺乳類の多くの親は、仔を口でくわえて運ぶ。この時、仔は運ばれやすいコンパクトな姿勢でおとなしくなる「輸送反応(Transport Response (TR))」を示す。TRは不動反応と姿勢制御に大別でき、親動物が仔をくわえるように実験者の指先で仔の背中の皮膚を軽くつまみあげても誘導できる。実験室マウスを使ったこれまでの研究から、指でつまみTRを誘導すると仔マウスは直ちに自発運動量、心拍数、超音波発生回数が低下することが分かった。さらに、非TR時に比べ、TR中は尾を動脈クリップで挟んでも痛み応答が起こりにくく、痛覚閾値が上昇していることも明らかとなった。ヒト乳児や実験動物を対象とした先行研究より、母親との皮膚接触中や吸乳中にも、子(仔)の痛覚閾値は上がることが知られている。上述のようにTR中も仔の痛覚閾値は上がる。したがって親に触れ、愛着形成を促す状況下で起こる子(仔)の鎮痛には、幼若個体において何らかの共通する神経機構が存在する可能性が高い。そこで、本研究ではTR中の痛み応答変化を切り口に、発達期の痛み制御機構の一端解明を目指す。予備実験より、TR中は青斑核の神経活性が上がることが示唆された。また青斑核α2アドレナリン受容体の作動薬により鎮静・鎮痛が誘導されることが知られている。そこで、α2アドレナリン受容体拮抗薬を投与し、対照群と比較したところ、TR発現およびTR中の痛み応答に有意な違いはみられなかった。また尾を挟むという圧刺激の他に、熱刺激への応答も調べた結果、TR中は非TR中に比べて、尾、耳介、四肢いずれにおいても、熱に対する侵害受容応答が減弱していることが明らかとなった。上記と昨年度の結果より、TR中は、オピオイドおよび青斑核α2受容体シグナル非依存的なメカニズムで、全身性に鎮痛が起こると考えられる。
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