抗癌剤による口腔内有害事象の一つに味覚障害がある。この障害は癌治療の生存率に直接影響を与えるものでないことからこれまで軽視されがちであり、その原因は不明である。対症療法は行われているが、未だ有効な治療法がないのが現状である。そこで、本研究では抗癌剤を投与したラットから有郭乳頭切片を作製し、舌上皮、味蕾、味神経の障害と回復の過程を組織学的に明らかにすることにより、化学療法中における味覚障害発生機序の解明と有効な治療法の開発を目的とした。 抗癌剤は口腔粘膜炎の出現頻度が高く、臨床的にもよく使用されるテガフール・ギメラシル・オテラシルカリウム(ティーエスワン)(S-1)を用いた。Wistarラット(6週齢、オス)にS-1を2mg/kgを連続5日間経口投与、2日間休薬を1クールとした。3クール施行した後に舌を摘出した。抗癌剤投与3クール施行中に塩酸キニーネ(苦み)、クエン酸(酸味)、スクロース(甘味)、グルタミン酸ナトリウム(うま味)のそれぞれを用いた2瓶選択法による行動的実験を行った。また治療法の開発として、5-HT4受容体作用薬であるモサプリドクエン酸塩水和物の経口投与による味神経再生もしくは新生促進作用を期待し、クエン酸モサプリド100μMの溶液を調製し、2瓶の内容液に添加して連日経口投与を行った。各実験の半数のラットにクエン酸モサプリドを投与した。 これらの実験を施行し、2瓶法での選択率を算出したところ、キニーネ水(苦味)についてはモサプリド投与群の方が非投与群と比較し、味覚障害が生じにくいという行動実験上の結果が得られた。その他の味については、有意な差は見られなかった。
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