本研究では,歯根膜細胞への分化能を有する初代培養歯原性間葉系細胞 (DMC)を実験に供し,歯胚形成において帽状期,鐘状期の限られた期間に発現が認められる歯小嚢特異的発現遺伝子F-spondinのTGF-βシグナルに対する作用の検討を行ってきた.これまでの成果により,F-spondinはTGF-β刺激によるSmad3のリン酸化を阻害し,またSmadシグナルを転写レベルでも阻害したことから,F-spondinが歯胚形成過程におけるTGF-βシグナルの制御因子の一つであることが明らかになった. 次に,F-spondinの発現に影響を及ぼす因子を検討する目的で,歯胚形成に関与する因子の中であるWnt3a,IhhおよびTGF-βがF-spondin発現に及ぼす効果を調べた.DMCを用いて各因子による刺激を行いF-spondinの発現を検討した結果,DMCにおけるF-spondinの発現は,Wnt3aおよびIhhによって明らかな影響を受けなかった.一方,興味深いことに,F-spondinによって歯根膜細胞分化促進作用が阻害されるTGF-βはDMCにおけるF-spondinの発現を有意に減少させた.したがって,TGF-βはSmadシグナル活性化を抑制するF-spondinの発現を抑制することによりその阻害効果を消失させ,歯根膜細胞分化を促進すると推測された.つまり,鐘状期の歯小嚢に強く発現するF-spondinはTGF-βシグナルを阻害することにより歯根膜細胞分化に対して抑制的に作用し,歯根膜細胞を未分化な状態に保つと考えられる.一方,歯根膜成熟に伴ってTGF-βは歯小嚢におけるF-spondinの発現を低下させることにより,歯根膜細胞分化を進行させると考えられる.本研究により,歯根膜の分化はTGF-βとF-spondinとの間に存在する連環によって巧妙に制御されていることが示唆された.
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