本研究では,カメラで撮影した皮膚の映像から脈波伝搬情報を抽出し,この情報に基づいて圧センサなどを使用しない完全非接触での血圧推定手法を確立することを目的としている. 本年度は,より精度の高い血圧推定アルゴリズム開発を行うと共に,多数の健常被験者を対象とした実験を実施した.この実験データを用いて,提案手法の精度検証を行うと共に,推定に適した関心領域(ROI)の組み合わせを探索した. 開発した手法では,まず,複数のROI内画素における緑色輝度値の平均値を映像フレーム毎に算出し,心拍と同期した拍動性信号(iPPG信号)を抽出する.緑色輝度値のみを対象とする理由は,この波長の光が血中ヘモグロビンを吸収しやすい特性を持つためである.続いて,ROIを2箇所に限定し,ヒルベルト変換を用いてそれぞれのROIから得られるiPPG信号の瞬時位相を求め,両者の差分である瞬時位相差(PD)を計算した.このPDは2つのROI間における遅延時間に相当することから,血圧変動と相関することが報告されている脈波伝搬時間と同様の情報を与えると考えられる. 提案手法の血圧推定精度を検証するため,20名の健常成人被験者に対して実験を行った.実験では,高速撮影が可能なビデオカメラを用いて被験者の顔面と手掌を撮影すると同時に,心電図,近赤外光容積脈波,連続血圧それぞれについても計測を行った.実験中,被験者に息こらえを行ってもらうことにより,血圧を意図的に変化させた. 実験結果から,手の一部をROIとして用いたPDは,収縮期血圧変動に近い変化をすることが分かった.全被験者について,このPDと収縮期血圧の相関係数を調べたところ0.65であった.従来,脈波伝搬時間は血圧と負の相関をすることが知られているが,提案指標は血圧変動と正の相関をしていることから,従来の脈波伝搬特性とは異なる情報が含まれている可能性が示唆された.
|