研究課題
最終年度となる平成27年度は、引き続き1950~70年代の文学と写真・映画領域の交渉に関わる研究を、1950年代後半~1970年に活躍する日本の作家、とりわけ大江健三郎を中心に進めた。まず、大江健三郎・安部公房・三島由紀夫・開高健などの評論・エッセイ・雑誌記事を東北大学図書館・国立国会図書館等で調査し、各作家の女優観、演劇やテレビといった他ジャンルとは異なる映画・テレビ観、政治とメディアの問題等をまとめた。調査では、どの作家も「政治と文学」を媒介するニューメディアの台頭を肉体の問題として捉えていながら、映画/写真/テレビに対する距離や態度が異なっていることが浮かび上がった。その中でも大江健三郎は、人間関係を生じさせる肉体的なメディアである演劇に対し、映画を孤独や死に適したメディアであると否定的に捉えており、視覚メディア偏重時代の小説のあり方について独自の文体論を展開している。視覚メディアの諸方法を小説に取り込み、時代にあわせて文体を改良していく安部・開高・三島らに対し、大江は肉体を消去する視覚メディア偏重の1960年代以降を「核時代」と意味づけ、「核時代の文学」の根幹に〈ユマニスム〉という人間的なあり方を据えていく。このような独特な展開を見せる大江の文学観については、3つの口頭発表―「大江健三郎小説における動物―オーデン、ガスカール、渡辺一夫―」「大江健三郎の〈ユマニスム〉―「アトミック・エイジの守護神」論―」「大江健三郎のアメリカ体験―「アメリカの夢」から「狂気を生き延びる」文学へ―」―として報告した。さらに、マルカム・ラウリーのフィルム・スクリプトやウラジーミル・ナボコフの文体を受容しつつ、1960年代の映画・映像論を色濃く反映させて執筆された大江の小説『臈たしアナベル・リイ 総毛立ちつ身まかりつ』について、「大江健三郎の映画観と小説」という論文を公表した。
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原爆文学研究
巻: 14 ページ: 83-94