戦後日本における生活保障の理念と実践が、戦前からのどのような変容、変革を経て形成されていったのかを明らかにするという研究課題のため、戦前および近代以前の日本における生活保障の理念と実践の再検討を行ってきた。 昨年度の作業を踏まえて、本年度は1918年の米騒動を「生存権」の視点から分析し、論文にまとめた。この研究では、米騒動を、民衆による伝統的社会におけるモラル・エコノミーの復活要求と、知識階級による近代的シティズンシップ拡張要求とが交錯・交替していった過程として捉えた。米騒動は伝統的世界における民衆の「生存権」を求める道の終点であり、同時に近代社会における市民的権利としての「生存権」への道の始点であった。米騒動をめぐる知識階級の言論活動は、「生存権」を近代化する言説実践としての意味をもっていた。それは、近代に対抗して伝統的社会関係を求める民衆を近代社会へ包摂していく企てに他ならなかったのである。 平成25年度より取り組んできた課題――戦後日本における「生存権」をめぐる議論と運動、近世民衆の伝統的な「生存権」の論理と実践、そして米騒動における二つの「生存権」――を通じて、日本近代における社会的包摂の動態を「生存権」の近代化の過程として分析する視座を得た。そして、その過程で近代社会へと包摂されていかなかったもの――近代に抵抗し、あるいは近代から排除されていったもの――のなかに、日本近代において失われた「生存権」を見出すことができた。 最後に、この後の研究課題にもつながっていくテーマとして、敗戦直後の闇市における「生存権」の考察を進め、次に取り組むべき課題を確認した。
|