今年度は、これまでの研究を結論づける題材として、2015年のガリポリ上陸100周年記念事業を取り上げ、多文化社会におけるアンザック・デイのありようについて検証した。このためのフィールドワークとして、4月23日から27日にかけて、シドニーにおける記念事業の実態調査を実施し、そこでの分析に対する文献史料による補完として、8月8日から29日にかけて、オーストラリア国立図書館およびニューサウスウェールズ州立図書館での史料調査を行った。 アンザック・デイのフィールドワークにあたっては、オーストラリア国内におけるマイノリティの動向の重要性に関する前年度までの知見をふまえて、最も大規模な記念事業が行われるとともに、それに相対する先住民による独自の運動の場でもあるシドニーを調査対象地とした。レッドファーン地区における式典の成功などからは、先住民兵士を始めとする多様な文化的背景をもつ人々による戦争貢献が強調され、現在の多文化主義と調和的な戦没者表象が広がっている様相が確認できた。文献史料による追加調査では、祖国のために戦ったアンザック兵士の記憶がさかんに顕彰される反面、植民地化に伴う「フロンティア戦争」の犠牲となった先住民の存在が忘却されていることに対して、先住民解放運動家からの批判が生じるに至った背景が跡づけられた。これらの事例からは、アンザック神話を通じた多文化主義的ナショナリズムの高まりの結果、そこに内包されている過去の植民地主義をめぐる対立もまた同時に先鋭化するという、マイノリティの包摂と排除をめぐる両義的な展開が明らかとなった。
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