本研究課題は1980年代以降の多文化主義オーストラリアを対象として、帝国主義時代の戦争の記憶が現在もなお、ナショナル・アイデンティティにおいて重要な位置を占めている背景を検証した。文献史料とフィールドワークを併用した知見からは、多文化社会におけるアンザック・デイが、多様な非イギリス系マイノリティを取り込むことで、包摂的なナショナリズムの象徴へと変容する過程が跡づけられた。しかし同時に、そうしたアンザック神話の「多文化主義化」の結果、先住民に対する「フロンティア戦争」などの植民地時代の歴史をめぐる議論が生じ、先住民と非先住民との軋轢を前景化させていることもまた、明らかとなった。
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