研究課題
平成26年度は、不純物が核形成に与える影響を調べることを目的として、重水素化した塩酸を加えた重水を試料に、低温高圧下で秩序化すると考えられている氷VI相の中性子回折実験を行った。その結果、従来考えられていた秩序相(氷XV相)の安定領域は大きく見直す必要があることが本研究により初めて明らかになった。従来の研究では、低温高圧下でその場中性子回折実験を行うことができなかったため、常圧下に回収された試料についてのみ中性子回折が測定され、その結果が高圧まで外挿されてきた。今回の結果によって、その外挿が大きく外れていることが明らかになったことは、今後の高圧氷研究にとって大きなインパクトを与えるものと思われる。また、不純物を意図的には加えない重水のみの試料についても同様の実験を行ったが、塩酸を加えた試料の結果をほぼ再現する結果となり、微量の塩酸が相転移に与える影響は小さいことが示唆された。また、氷Ic相の生成温度に与える不純物の影響を調べる実験も行った。まず、重水から氷Ih相を作り、液体窒素温度で加圧することで高密度アモルファス相(HDA)と氷Ih相の混合相を得た。ここから直接脱圧して昇温すると135K程度で氷Ic相とIh相の混合物ができるのに対し、一旦高圧下で昇温して超高密度アモルファス相(VHDA)を経た後に脱圧、昇温すると160 K程度まで結晶化せずにアモルファス相に留まるという結果が得られた。これはHDAには氷Ih相やIc相の核となるような構造が残っているのに対し、VHDAにはそれがないという興味深い示唆を与える。
3: やや遅れている
平成25年度に生じたJ-PARCにおけるハドロン事故および平成26年度末に生じたJ-PARC内での火災の影響によりいくつかの実験がキャンセルになった。特に平成25年度の事故の影響は小さくなく、予定していた実験計画は半年ほど遅れている。しかし、これまでのX線回折による予備実験から研究の方向性が正しいことは確認できており、次回の中性子回折実験により研究成果はまとまると考えている。
これまで、高圧氷(氷VI相)および準安定氷(氷Ic相)の結晶化に与える不純物の影響を調べてきたが、不純物の影響だけでなく、経由する温度圧力パスに依存して、結晶化前のアモルファス状態に変化が生じることが明らかになった。これは、現在盛んに研究されている高密度アモルファス氷の緩和の問題と深く関連していると考えられる。すなわち、十分に緩和されていないアモルファス氷では氷Ih相や氷Ic相の核となる構造が残っているのに対し、緩和された高密度アモルファス氷からはそれらの核となる構造とはエネルギー的に障壁があると予想される。この仮説にもとづき、不純物の影響とアモルファス氷の構造緩和の関係を明らかにできれば、氷や水の理解に大きく貢献できると期待される。すでに、実験室系でのX線回折実験によって、仮説を支持する予察的な結果が得られており、今後さらに中性子回折によって、いくつかの条件でアモルファス氷を作り、結晶化の観察を進めていく予定である。このように、高圧氷や氷の準安定相(Ic相)の核形成に対する不純物を影響を調べるという研究の過程で、従来知られていた安定領域を見直す必要が生じたり、アモルファス氷の構造に対する重要な知見が得られたことは予想外の収穫であった。このため、研究期間を1年延長し、この期間内に、これまで得られた研究成果の原著論文として報告する。
平成25年度5月に生じたJ-PARCハドロン実験施設における放射能漏れ事故によって、長期に渡り中性子回折実験が行えない状況になった。これによって、使用予定であった実験にかかる消耗品や実験期間中の旅費を次年度に繰り越すこととした。
次年度に計画しているJ-PARCでの実験のための旅費として使用する。
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