本研究は、原生代の大気海洋の化学組成とその安定性・変動性を明らかにする事を目的としている.本年度は、昨年度に開発を行った海洋物質循環モデルを用いて原生代大気海洋系の酸化還元状態の制約を行った.大気中酸素濃度、陸域の風化率、海洋堆積場での黄鉄鉱(パイライト)生成効率等についての系統的な感度実験ならびに地質学的制約を踏まえた結果、原生代の海洋条件は当時の海洋一次生産が現在の半分以下であったと考えなければ実現し得ない事が明らかになった.この結果は、当時の大気中酸素濃度が現在よりも低かった(現在の0.1%以下ー数%)ことを理論的に説明できる可能性がある. 一次生産の律速因子について検討するため、窒素やモリブデンといった元素についてのモデリングを行い一次生産律速への影響評価を行ったが、支持しない結果が得られた.一方、主要栄養塩の一つであるリンについては、水酸化鉄への吸着によって海洋から著しく枯渇し、生物生産が抑制される可能性が見いだされた.この知見を更に検討するため、昨年度までに開発を行ってきた高解像度の海洋生態系モデルを用いて検討を行った結果、深層水のFe/P比が大きく(>1)なるにつれ、一次生産が著しく低下する事が分かった.さらに、Fe/P比が有機物合成に関する化学反応量論で決まる閾値を超える場合には、非酸素発生型の光合成細菌が一次生産に寄与する事で更に酸素の生成率が低下する事が明らかになった. こうした結果から、原生代の大気中酸素濃度が現在よりも低く抑えられていた原因は、リン律速に依って一次生産が著しく制限されていたためであると結論づけた.
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