本年度の研究目的は、中国大興安嶺でトナカイ飼養を続けるエヴェンキ族らを対象に、彼らがトナカイの角生産に専業化する過程でいかに技術的な対応をしたのかをより具体的に明らかにすることである。調査の結果、角生産の専業化のなかで「仔トナカイへの人為的な介入」と「繁殖期に未去勢オスから仔トナカイを守る」という二つの技術が重要であることがわかった。前者は、角を採取する際に人間が接近しても恐れない馴化個体をつくるための技術である。この技術は、①母トナカイをキャンプ地の近くで出産させ、②母トナカイのまわりにいる仔トナカイを捕まえて首紐をつける。そして、③仔トナカイを繋ぎ止め、母トナカイを放ち、しばらくして戻ってきた母トナカイを捕まえて仔トナカイを放つ。この時期、母子をキャンプ地周辺で捕まえては放つ作業を繰り返すことで「人間に触れうる親和性」を確立させようとするのである。もうひとつ重要な技術は「繁殖期に未去勢オスから仔トナカイを守る」ことである。かつてエヴェンキ族らは数頭の種オスを残してすべて去勢していた。その後、角生産の専業化を進めるなかでオスの去勢をすべて止めた。これは、オスを去勢すると角のサイズが小さくなり、商品価値が下がるからである。しかし、オスの去勢を止めると繁殖期に群れ管理が難しくなる。こうしたなか、彼らはトナカイが繁殖期を迎える前の8月下旬にカラマツを切り倒し,それを組み合わせて大きな柵をつくり、そのまわりに格子状の鉄線を張りめぐらす。そして、繁殖期になると夜間に仔トナカイを柵に入れることで攻撃的になった未去勢オスから守るのである。柵を使用した仔トナカイの保護は10月初めまで行われる。このようにエヴェンキ族らは、角生産に専業化するなかで、仔トナカイへの人為的な介入と保護という働きかけをおこない、彼らにとって「生業の対象」となったトナカイの個体数を増やしていたことが明らかになった。
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