自閉症スペクトラム障害は、中枢神経系の機能障害とされているが、現在の診断は行動的特徴に基づいてなされている。その診断基準である社会性やコミュニケーションを評価するにあたり、社会の中での「適切さ」の基準は文化依存的な側面を持つと考えられる。本研究では、日英の自閉症スペクトラム児の社会的行動を比較・検証し、その発達に文化(あるいは言語)的な影響を示唆する差異が存在するかどうかを明らかにすることを目的とした。研究全体の成果は以下の通りである。 1.文献調査:ASD児の発達およびその評価についての文献調査を実施した。国際会議にて言語比較に関するパネルシンポジウムに登壇したほか、ロンドン大学ロイヤルホロウェイ心理学部を訪問し自閉症の国際比較研究についての最新の情報を収集した。これらの資料から得られた知見を、書籍「自閉症という謎に迫る:研究最前線報告」の一章にまとめ出版した。 2.コーパス作成:自閉症児におけるフィクショナルナラティブデータの収集を行い、統制群と臨床群についての書き起こしが完了した。発話中のいいよどみ、言い換え、フィラーの使用に着目し、2群間の発生頻度に群間差が示された。またその2年後には一部の被験者に再度データを収集しており、書き起こし作業が完成すれば縦断的データが得られる予定である。これらは今後さらに、公開済みの英語話者のデータと比較分析される。 3.心理実験:感情プロソディ理解の発達を検証する心理実験を実施した。感情価が付与された音声刺激を自閉症児に呈示し、音声に対応する画像への注視反応を分析した。研究1では言語内容とプロソディの両方に感情価が付与され、研究2では言語内容は中立でプロソディのみに感情価が付与された。さらに研究3では音声加工により音韻情報を消した感情プロソディを刺激として用いた。課題により異なる結果が得られ、感情音声の理解は状況個別的であると示唆された。
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