研究課題
若手研究(B)
これまで報告がないヒト内在性レトロウイルス(HERV)によるレトロトランスポジションを検出するため、次世代DNAシーケンサー(NGS)とinverse PCR法を組み合わせた技術を確立し、大規模なHERV挿入部位同定を試みた。ヒト腫瘍組織から抽出したゲノムDNAを制限酵素処理及びライゲーション処理を施した後、HERVサブグループの一つであるHML-2のLTR領域(HML-2_LTR)内に保存された配列を標的に、標的配列に隣接する領域を増幅するinverse PCRを行った。そのPCR産物をNGSにて解読し、配列をリファレンスゲノムにマッピングすることで、繰返し配列であるHML-2_LTRがゲノムのどの場所に位置するかを決定した。当初、解読されたリードの数・質ともに想定以下であった。これは、PCR産物の一定の位置にLTR配列の一部が含まれており、使用するプライマーを1組にしていたために同じ位置からの同一塩基配列の解読が行われ、そのような条件下ではデータの質が低下してしまうというNGSプラットフォームの特性により起きたものだと考えられた。そのためプライマーの位置を前後にずらしたものを複数設計して解読してみたところ、リード数・質ともに向上がみられた。そこで、肺腺がん、胃がん、肝腺腫の3症例を対象に解析を行った結果、論文及びデータベースにて公開されている既知のHML-2_LTR部位638箇所の内、366箇所を検出することができた。このことから、本研究にて構築された実験・解析系がHML-2_LTR部位を同定するのに十分なものであることがわかった。既知のHML-2_LTRに該当しない新規のLTR候補部位も複数見つかっており、今後は新規LTR部位の確認を腫瘍部・非腫瘍部の両方で行うことにより腫瘍組織におけるHERVのレトロトランスポジションの存在を検証していきたい。
2: おおむね順調に進展している
本研究の具体的な目的は「高速次世代DNAシーケンサー(NGS)とinverse PCR法を組み合わせた技術を確立し大規模なHERV挿入部位の検出」であり、研究全体の構想としては、「腫瘍細胞内でレトロトランスポジションを示す活性型HERVの存在を明らかにすること」である。研究成果として、NGSとinverse PCR法を組み合わせた手法により半分を超える既知HML-2_LTR部位の同定が可能となったことが挙げられ、このことから「多くの既知HERV部位を検出することができた」という点において本研究の目的をおおむね達成できたと評価している。検出されたHERV部位の規模の大小については評価が難しいところだが、目的に挙げた「大規模なHERV挿入部位」というのは、既知HERV部位だけでなくゲノムワイドに散在していると想定される未知のHERV部位も含めたものを意味しており、レファレンスゲノム全領域を対象にした新規HERV部位の探索の結果、新規HML-2_LTR候補部位も複数見つかってきていることから、その規模においても十分なものであると評価できる。この新規のHML-2_LTR候補部位の中から腫瘍組織特異的なHERVのレトロトランスポジションを示すものが見つかれば、「腫瘍細胞内で活動する活性型HERVの存在を明らかにする」という全体構想が現実のものとなってくると考えている。このことから、現段階は研究全体の構想の実現にむけた基盤技術が確立された状態にあり、おおむね順調に進展していると評価することができる。
HML-2_LTR部位を検出する実験・解析系が確立したことにより、今後は検出された新規HML-2_LTR候補部位の確認及び症例数の追加を行う計画である。新規HML-2_LTR候補部位の確認方法は、対象となる腫瘍組織及び同一固体の非腫瘍組織から抽出されたゲノムDNAを用いて該当領域をPCRにより増幅させ、サンガー法に基づくダイレクトシーケンスを行う。この手法にて腫瘍・非腫瘍両方にて検出された場合は、他の症例でも挿入部位が検出されることを確認した上で、「ある一定頻度で存在するHML-2_LTR挿入多型」であると結論付ける。一方、腫瘍でのみに該当するHML-2_LTRが検出された場合は、「体細胞にて起こった挿入変異」であると結論付ける。挿入多型・体細胞挿入変異ともにHML-2全体の配列を解読し、挿入配列前後に数塩基からなる重複配列(target site duplication = TSD)の有無を確かめる。TSDはレトロトランスポジション特有の現象であるため、体細胞挿入変異の場合はこのTSDの存在をもって「体細胞にてHERVによるレトロトランスポジションが起こった」と結論付ける。同時に、NGSにて解読する症例を追加して新規のHML-2_LTR部位をより多く検出することを試みる。一方、当初計画にあったNGSにおけるマルチプレックスを用いた複数検体の同時分析については、実施しない見込みである。これは、一つの新規HML2-LTR候補部位を検出するために必要な一検体当たりの解読情報量(= リード数)が想定よりも多く見積もられ、複数検体を同時に分析するよりも一検体から十分な情報量を得ることを優先するべきだと判断したためである。以上の計画により、これまでに得られた成果をもとにさらに深く追求し、効率よく研究を推進していく。
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Carcinogenesis
巻: 34 ページ: 2531-2538
10.1093/carcin/bgt253