研究課題
若手研究(B)
平成25年度は大気圧プラズマを照射した培養液(プラズマ培養液)による脳腫瘍培養細胞グリオブラストーマのアポトーシス(プログラム細胞死)誘導についてその細胞内分子機構の解明を目指した研究を行った。グリオブラストーマを含む多くのがん細胞においてEGFR遺伝子やPTEN遺伝子の変化によりRas-MAPKシグナル伝達経路やPI3K/PTEN-AKTシグナル伝達経路を含むいわゆる生存・増殖シグナリングネットワークが異常に活性化されている。ウェスタンブロッティング解析などにより、プラズマ培養液を投与したグリオブラストーマ培養細胞においては、活性化状態のAKT, ERK, mTORなどがダウンレギュレートされており、プラズマ培養液が概してこれらの生存・増殖シグナリングネットワークを抑制することを発見した。すなわち、プラズマ培養液は生存・増殖シグナリングを抑制することによりグリオブラストーマ培養細胞にアポトーシスを誘導するという細胞内分子機構に基づくモデルを組み立てることができた。プラズマ培養液がmTORに影響を及ぼすことから、オートファジーと呼ばれる飢餓応答シグナル伝達機構にも何らかの影響を与えることも考えられたが、Atg5, Beclin1などのオートファジーのマーカー分子を用いた解析により、プラズマ培養液はグリオブラストーマにオートファジーを誘導することなくアポトーシスを誘導することが示唆された。本研究成果は6つの国際会議、国際ワークショップ、国際研究会などで口頭発表を行い、そのうちの2つは招待講演として口頭発表を行った。更に本研究成果を論文としてまとめPlasma Medicineとよばれる雑誌に投稿し受理された。
2: おおむね順調に進展している
平成25年度中に研究計画調書に記した「PI3K-AKTシグナル伝達経路のAKTの上流及び下流でプラズマが細胞内分子にどのような影響を与えているのかを明らかにする。」、「Ras-MAPKシグナル伝達経路にプラズマがどのような影響を与えているのかを明らかにする。」、「オートファジーシグナル伝達経路への影響も評価する」に関して実際に実験を行い研究実績の概要に示すような結果を得ることができ研究は順調に進展していると言える。またより大きな研究目的として、プラズマあるいはプラズマ培養液ががん細胞を選択的に殺傷する細胞内分子機構を解明することを掲げていたが、プラズマ培養液がグリオブラストーマなどのがん細胞において特異的に異常に活性化されている生存・増殖シグナリングネットワークを攻撃していることが、プラズマ培養液が選択的にグリオブラストーマ培養細胞をアポトーシスに導くことの1つの説明にはなっていると言える。cDNAマイクロアレイを用いたゲノムレベルでの遺伝子発現比較実験もデータ取得は終了しており、現在、大量のデータを解析することにより、プラズマ培養液ががん細胞のシグナル伝達ネットワークシステムに及ぼす影響を網羅的な視点から調べているところである。平成26年度に行う予定のRNAiやノックアウトセルラインを用いたプラズマ培養液に対する感受性を司る遺伝子の探索に向けて実験系の構築を行っている。プラズマ溶液の作成法にはプラズマ装置の種類、照射距離、照射時間、照射量など様々なパラメーターが存在するが、経験的に得られた条件からよりシステマティックな知見が得られつつある。
これまでのところ、研究計画調書に記載した計画通りにプロジェクトが進んでいるので、平成26年度は予定通り、RNAiやノックアウトセルラインを用いて、細胞のプラズマやプラズマ培養液に対する感受性に関わる遺伝子を探索する。具体的には、多くのがん細胞で突然変異が見られ、DNAダメージなどからアポトーシス誘導などのシグナル伝達を媒介するがん抑制遺伝子であるTP53遺伝子や生存・増殖シグナリングネットワークで重要な役割を果たすがん抑制遺伝子PTENをグリオブラストーマ培養細胞においてRNAiによりノックダウンすることによりプラズマ培養液に対する感受性が変化するかどうかを調べる。更には、ノックアウトセルラインを用いた解析により、TP53遺伝子やPTEN遺伝子のプラズマ培養液に対する細胞応答に関する普遍的な役割の発見を目指す。ノックアウトセルラインは使用可能なリソースが限られているが、結腸癌培養細胞系や乳腺上皮培養細胞系のセルラインにおいてリソースが豊富であることから、これらの様々なセルラインを用いて普遍的な遺伝子の役割を追及する。PI3K/PTEN-AKTシグナル伝達経路やRas-MAPKシグナル伝達経路を含む生存・増殖シグナリングネットワークやTP53シグナリングネットワークは非常に複雑な制御構造を有することが知られているが、平成25年度に得られたウェスタンブロッティング実験やcDNAマイクロアレイ実験などから得られた知見と平成26年度に行う予定のRNAiやノックダウンセルラインを用いた実験から得られる知見を用いて、プラズマ培養液が細胞内のシグナリングネットワークシステムにどのような影響を与えるのかを総合的に理解することを目指す。
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すべて 雑誌論文 (2件) (うち査読あり 2件) 学会発表 (6件) (うち招待講演 2件)
Plasma Medicine
巻: 2 ページ: 55-68
PLOS ONE
巻: 8 ページ: e81576
10.1371/journal.pone.0081576