研究課題
若手研究(B)
ミトコンドリアは,真核細胞内に発達した膜構造であり、細胞外環境に応じてその形態や量を劇的に変化させることができる動的なオルガネラである。このようなミトコンドリア量,形態の変化には,ミトコンドリア膜の主成分であるリン脂質の輸送機構が重要であると考えられる。しかし細胞内で合成されたリン脂質がどの様にミトコンドリアへと,もしくはミトコンドリアから輸送されるのかは,ほとんどわかっていない。本研究では,現在唯一リン脂質輸送因子として同定されている,ミトコンドリア膜間部タンパク質Ups1に着目し,ミトコンドリアを介したリン脂質輸送機構の解明に取り組んでいる。Ups1は,ミトコンドリア外膜と内膜に挟まれた膜間部空間に存在し,通常条件下ではミトコンドリア内膜へ結合していると考えられている。しかしミトコンドリア特異的リン脂質であるカルジオリピンが減少するとその局在が外膜へと変化することが明らかとなった。そこで,本研究ではカルジオリピン合成不全変異株内で,Ups1の局在が外膜へ変化した際のUps1の相互作用パートナーを検索した。まずUps1タンパク質の様々な部位に光架橋性の非天然アミノ酸(ベイゾイルフェニルアラニン, BPA)を導入し,BPAの導入効率が高く,紫外線照射した際に架橋産物が検出される部位の検索を行った。本研究ではさらに,UPS1遺伝子と,遺伝学的に相互作用する因子の検索も行い,UPS1遺伝子が欠損した場合に,酵母細胞の増殖が悪化する遺伝子を多数同定した。またミトコンドリア-小胞体間のリン脂質輸送を解析する再構成実験系の条件の最適化を行った。これらの研究成果はUps1をハブとしたミトコンドリア内リン脂質輸送機構の解明に大きく貢献すると期待される。
2: おおむね順調に進展している
Ups1の様々部位(約25カ所)に光架橋性非天然アミノ酸BPAを導入し,BPAの導入効率と架橋効率の高いアミノ酸残基のスクリーニングを行った。その結果,現時点で、高効率で架橋産物の得られるアミノ酸部位を1カ所特定した。またUPS1遺伝子と遺伝的に相互作用する因子(UPS1遺伝子が欠損した場合に,同時に欠損させると酵母細胞の増殖が悪化する遺伝子)を多数同定した。さらにその内UPS1,UPS2の2つの遺伝子が同時に欠損した場合にさらに増殖が悪くなる遺伝子を同定した。通常UPS1とUPS2を同時に欠損させると,UPS1欠損株の増殖阻害が回復するが,その遺伝子が欠損した場合にはさらなる増殖阻害を引き起こすことが明らかとなった。さらにミトコンドリア-小胞体間のリン脂質輸送を解析する再構成実験系の条件の最適化を行った。この実験系では小胞体で合成されたホスファチジルセリンが,ミトコンドリアに輸送され脱炭酸され,ホシファチジルエタノールアミン(PE)に変換される。さらにこのPEが小胞体に戻り,メチル化される事によりホスファチジルコリンとなる。本研究ではまず,これらの反応に関わるリン脂質合成酵素を特異的に認識する抗体を作製し,リン脂質輸送因子候補欠損株内でのリン脂質合成酵素量を確認する事ができるようになった。さらに,細胞を培養する栄養培地,実験に用いる膜分画に含まれるリン脂質合成酵素量を比較することで,最適な膜画分の分画条件を決定した。さらに実験に用いるMn2+,CTP, S-アデノシルメチオニン濃度の最適化を行った。現時点でUps1と架橋される因子の同定ができていないが,遺伝的相互作用によるスクリーニングにより,新規リン脂質輸送因子候補が同定できている。またその因子の役割を解析するための実験系の構築もほぼ完了している事から,研究は,おおむね順調に進行していると考えられる。
光架橋性非天然アミノ酸BPAを用いた部位特異的光架橋反応により,Ups1由来の架橋産物が高効率で得られるアミノ酸部位を1カ所のみ同定できている。そこで今後はそのアミノ酸残基周辺のアミノ酸残基にBPAを導入し,より高効率で架橋産物が得られる部位の検索を行う。高効率で架橋産物が得られる部位野決定後,ラージスケールで実験を行い,マススペクトル解析により架橋相手の同定を行う。今回の部位特異的光架橋実験による,Ups1との架橋産物が高効率で得られるアミノ酸残基のスクリーニングでは,Ups1にFLAGタグを導入し,抗FLAG抗体を用いた免疫沈降により架橋産物を精製した。しかし免疫沈降画分に溶出されるFLAG抗体が,ウェスタンブロッティングの際に,架橋産物の検出を邪魔するため,Ups1に付加するエピトープタグをFLAGタグからヒスタグに変更して再度スクリーニングを行う予定である。さらに遺伝的スクリーニングにより同定された因子の欠損株から膜画分を調整し,得られたリン脂質輸送因子が,リン脂質輸送のどのステップに関与するのかを,in vitroリン脂質輸送実験により評価する。またリン脂質輸送因子候補欠損株を14C-セリンでパルスラベルし,合成されたホスファチジルセリンのチェイスをする事により,ミトコンドリア-小胞体間のリン脂質輸送反応に阻害が生じるかを検討する。これらの実験により,得られている候補因子が,実際にリン脂質輸送反応に関与することが明らかになった場合,これらの因子が直接リン脂質輸送を仲介するのか,それとも制御因子として間接的にリン脂質輸送に関与するのかを検討する。具体的には,リン脂質輸送因子候補を大腸菌から大量調整し,人工リポソームを用いた再構成実験系により,これらの因子が人工リポソーム間で直接リン脂質輸送を仲介するのかを検討する。
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