最終年度は、目下の研究を総括するため、これまでの調査の成果の公表に力を注ぐと同時に、その発展的継承のため関係資料の収集に経費を投入した。 まず、倭寇の首領とされる王直の後半生と、その力を利用して中国近海の秩序回復をはかった総督胡宗憲のやりとりの詳細を跡づけ、これまで事実関係が曖昧なままに処理されてきた両者の思惑や動向を、資料に基づいて明らかにすることができた。その結果、胡宗憲を筆頭とする沿海諸省の官憲・官軍は、従来考えられていたより一層深く海賊・密貿易集団と秘密裏の提携関係を築いていたことが判明した。 また、前年に東大史料編纂所紀要に寄稿した講演記録を全面的に改稿し、嘉興市の乍浦・沈荘における倭寇集団の活動について、その後の調査で得た新たな知見を盛り込みながら、論文として再構成した。 さらに、2016年4月1日にシアトルで開催されたAASでのパネル発表のため、前近代中国における漁業と商業の相互関係を主題とする英語論文を作成した。 これらの論文作成の一方、今後の研究の方向性を展望し、16世紀の東アジア海域の商業・海賊活動に関する資料として、リスボンのアジュダ文書館に所蔵される写本の電子データを購入した。これは将来の倭寇研究に関して重要な情報を提供する史料となることが期待される。また、京都大学東南アジア研究センター所蔵の旧日本軍参謀本部作成の中国地図のうち、上海近傍、および浙江・福建・広東等諸省の精密な地図を電子データ化した。ちなみに、同データはすでに著作権が存在しないため、複製を東南アジア研究センターに寄贈し、今後は公共の財産として研究者の利用に供されることになっている。
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