本研究課題では限定された同一の動物に種子散布を頼りながらも、結実戦略が大きく異なる2つの植物種で、いかに動物種子散布の意義が異なるかを検証することを目的としている。マダガスカル北西部アンカラファンツィカ国立公園の熱帯乾燥林において、乾季に結実するAstrotrichilia asterotricha(センダン科)と雨季に結実するProtorhus deflexa(ウルシ科)を対象とした。これらの樹種は共にマダガスカル固有の大型種子植物であるが、結実期間だけでなく、種子形態や発芽様式などが異なる。3年の研究期間で合計16か月に及ぶ野外調査を行った。 13.5haの調査プロットを設置し、内部に分布するA. asterotricha 335個体とP. deflexa 249個体の成木の結実状況を記録した。観察条件が良い個体(それぞれ9個体と7個体)を選定し、結実期に訪問する動物の行動観察を行ったところ、チャイロキツネザルだけが大型種子を飲み込んで種子を散布することがわかった。種子トラップ法で推定される種子生産量も考慮すると、A. asterotrichaでは生産種子の60-90%がチャイロキツネザルによって散布されると推定された。落下もしくは散布された種子を実験的に再現して、その運命を追跡した結果、種子の保護構造が発達したA. asterotrichaでは種子の死亡率は低い一方、発芽後の実生の昆虫による食害で死亡率が高まった。保護構造のないP. deflexaの大型種子はげっ歯類や甲虫の食害を受けやすい。その死亡率は母樹下で極めて高かったが、母樹から離れることで実生の生存が高まったことから、逃避仮説による種子散布の意義が認められる。また、森林内の実生と苗木・若木を対象とした1年間の生存と成長のモニタリングでは雨季の種子と実生に対する食害のほか、乾季の乾燥ストレスも死亡要因になった。これらの複合的な死亡要因とそれに対する異なった植物側の戦略が、動物種子散布の意義を多様にしていると考えられる。
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