研究課題/領域番号 |
25870599
|
研究種目 |
若手研究(B)
|
研究機関 | 独立行政法人理化学研究所 |
研究代表者 |
川島 雪生 独立行政法人理化学研究所, 計算科学研究機構, 研究員 (90452739)
|
研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2016-03-31
|
キーワード | 理論化学 / 計算化学 / 分子シミュレーション / 電子状態計算 / 核の量子揺らぎ |
研究概要 |
本研究課題は、研究代表者がこれまでに開発した分子シミュレーション手法やそれを実行する計算プログラムを統合することにより、大規模分子系の励起状態を指向した新規マルチスケール分子シミュレーションシステムの構築を行い、水素結合系に適用し、水素結合の安定性やプロトン移動機構を明らかにすることを目的としている。 昨年度は、核の量子揺らぎを考慮したpath integral molecular dynamics (PIMD)法とcentroid molecular dynamics (CMD)法のプログラムを開発した。MPIとopenMPを駆使してノード間及びノード内並列を実現するための並列化を実装し、高速な平衡及び非平衡分子シミュレーションを可能にした。これまでは基底状態にのみ適用可能であったが、取り扱える電子状態を励起状態にも拡張した。非平衡シミュレーション手法としてring polymer molecular dynamics (RPMD)法も実装した。 応用計算として、マレイン酸水素アニオンの分子内水素結合の構造や電子状態の平均描像について調べ、核の量子揺らぎや重水素置換による同位体効果や温度効果が水素結合にどのような影響を及ぼすかについて解析を行った。その結果、非弾性中性子散乱の実験結果で示唆されていた平面構造ではない、歪んだ安定構造の存在をPIMDシミュレーションにより明らかにした。 また、F-と水分子の分子クラスターの構造形成に核の量子揺らぎがどのような影響を与えるかについて調査を行った。その結果、F-と水分子の間の水素結合に影響を及ぼすだけにとどまらず、水分子間の水素結合形成にも影響を及ぼすことを明らかにした。さらに、ミューオンを付加したエチルラジカルにおける核の量子効果の解析、プロトン化リジンにおける分子内水素結合の解析においても成果を挙げることが出来た。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究課題では、電子状態計算に基づく分子シミュレーションや核の量子揺らぎを考慮した分子シミュレーションなどを実行できるマルチスケール分子シミュレーションシステムを開発している。昨年度は、核の量子揺らぎを考慮した平衡・非平衡分子シミュレーションを実行するためのプログラムを分子シミュレーションシステムに統合した。また、並列化プログラムの実装も行い、高速な分子シミュレーションの実行を可能にしている。分子シミュレーションシステムの開発は計画通りに行われており、順調に進んでいる。 応用計算のマレイン酸水素アニオンの分子内水素結合の解析では、分子シミュレーションでは非弾性中性子散乱の実験結果で示唆されていた歪んだ安定構造の存在を世界で初めて確認し、予想以上の成果を得ることが出来た。 また、昨年度はグラフェンへの水素付加過程の核の量子揺らぎを考慮した分子シミュレーションを実行する予定であった。グラフェンへの水素付加過程において、水素原子よりも重水素の方が多くのグラフェン炭素を被覆することが知られているが、その同位体効果の起源は明らかにされていない。水素付加過程のCMD計算を行ったところ、核の量子効果により水素付加率が大幅に上昇することを明らかにしている。こちらの成果も現在論文にまとめている状況で、ほぼ計画通りに研究を進めている。 さらに、F-と水分子の分子クラスターの構造形成における核の量子揺らぎの影響の解析、ミューオンを付加したエチルラジカルにおける核の量子効果の解析、プロトン化リジンにおける分子内水素結合の解析においても成果を挙げることが出来ている。これらの応用計算は研究計画には含まれておらず、予想以上の成果を挙げることに成功している。そして、これらの成果により、当初研究計画になかった新たな研究テーマにも取り組むことが出来るようになった。
|
今後の研究の推進方策 |
本研究課題では、大規模分子系の励起状態を指向した高速かつ精密な新規マルチスケール分子シミュレーションシステムの構築を行っている。今年度は研究代表者がこれまでに実行してきた生体分子の分子シミュレーションと核の量子揺らぎの効果を取り込んだ分子シミュレーションを融合する。具体的には、Quantum mechanics / molecular mechanics (QM/MM)法を用いた生体系など大規模系分子の基底状態及び励起状態における核の量子揺らぎを考慮した分子動力学シミュレーションを実行できるプログラムを開発する。さらに、分子にかかる力を電子状態計算にて求めるが、様々な電子状態計算に対応できるよう、Gaussian、QCHEM、GAMESSなど様々なプログラムでの計算を可能にする汎用性の高いシームレスなインターフェースを作製する。 また応用計算としてはphotoactive yellow protein (PYP)の発色団内の水素結合において核の量子揺らぎがどのような影響を及ぼすか調べるためにPYP分子のPIMDシミュレーションを実行する。PYP分子は発色団近傍に通常の水素結合よりも結合長が短く、またプロトンが水素結合の両端の原子に近付きやすいlow-barrier hydrogen bond(LBHB)の存在が実験的に示唆された一方、エネルギーのみの理論計算ではLBHBの存在に対して否定的な知見が得られており、その存在の是非が注目されている。LBHBの存在の是非を明らかにし、これまでの論争に終止符を打つ。 また、溶媒効果をpolarizable continuum model (PCM)で取り組むPIMD法の開発やOH-と水分子の分子クラスターの構造形成や水素結合形成における核の量子揺らぎの影響の解析にも取り組む予定である。
|