研究代表者は、本研究で大規模水素結合系の電子状態、水素結合の揺らぎと核の量子揺らぎを正確に記述するab initio経路積分分子動力学シミュレーションを可能にするマルチスケール分子シミュレーションシステムを開発している。並列化されたシステムは、様々な量子化学プログラムとのインターフェースを既に有しているが、今年度は生体分子を計算するためのインターフェースを作成した。 最終年は、主に開発したシミュレーションシステムを用いて様々な応用計算を行った。 OH-(H2O)2クラスターは、実験的にも理論的にも多くの研究がこれまでに行われてきた。しかし、このクラスターの赤外吸収スペクトルはこれまでの研究ではきちんと同定できていない。そこで、このクラスターのシミュレーションを行い、赤外スペクトルを理論的に再現した。 また、DNAでは核酸対が水素結合を形成し、二重らせん構造となる。核酸間の水素結合については様々な研究があるものの、核酸周辺の分子の量子効果が核酸間の水素結合にどのような影響を与えるかについては知られていない。そこで、核酸の周辺の水の量子効果が水素結合にどのような影響を与えるか調べた。わずかな水素結合構造の変化により、核酸対の振動に変化が見られることが分かった。 さらに、今年度はスパコンを用いた核の量子揺らぎを考慮した大規模分子シミュレーションを行った。Periplasmic phosphate binding proteinはリン酸とヒ酸を識別し、毒性の高いヒ酸を生体内から取り出す仕組みに役立っていると言われており、タンパク質と酸の間の水素結合が重要な役割を果たすことが示唆されている。そこで、このタンパク質のモデル分子とこれらの酸を結合させた分子系でシミュレーションを実行中である。その間にシステムにも改良を加えており、スパコンでも効率よいシミュレーションを実行できつつある。
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