最終年度となる今年度は,昨年度に引き続き,英国アーツ・アンド・クラフツ運動の展開に関する言説研究と作品研究を実施するとともに,これまで個別的に発表してきた論考を横断する「非モダニズム」の視点を総括した。研究成果は大きく以下の3点にまとめられる。 1)英国のアーツ・アンド・クラフツ運動に関わる言説研究:当運動の主導者であるモリスと生年を同じくするクリストファー・ドレッサーの思想に着目し,植物学に基づく機械論的自然観を明らかにしながら,モリスらの生命論的自然観との相違点を論じた。モリスは日常的な自然物や歴史的モティフに秘匿された生命力を,ドレッサーは構成および色彩の追究を通した英国性の創出を,壁面装飾の主題とし,両者とも自然の抽象化(コンベンショナルな表現)を装飾の方法論としたことを示した。2)英国のアーツ・アンド・クラフツ運動に関わる作品研究:モリスとドレッサーの二人に焦点をあてながら,19世紀末の植物模様について考察した。要点は以下の通り。モリスはピュージンの装飾論(『花模様の装飾』,1849)同様,倫理的観点から模様を捉え,個別の植物に固有の特徴を保持しながらそれぞれがもつ生命力を表現した(花の名前を図案名とする)。ドレッサーは植物に共通する構造を解明しながら幾何学的図案を創出した(花の幾何学的構造を重視し無味乾燥とした図案名を付す)。また,モリスがアカンサス文様を古代ギリシアまで辿った上で継承・発展させようとすること,ドレッサーが植物を幾何学的基礎のもと理想化して形態の対称性を重視すること,これらはヨーロッパの古典的伝統という点で共通している。3)「非モダニズム」についての総括:日本建築学会建築歴史・意匠委員会,近代建築史小委員会が主催するシンポジウム「近代建築史の最先端」第12回において,成果を公表する機会を得た。
|