高齢者の平衡機能の低下に影響を及ぼす要因の一つとして、注意分散能がある。本研究では、高齢者の注意分散能が脳内の一連の神経処理過程に及ぼす影響およびその神経処理の変化と一側上肢運動時の姿勢制御との関係を総合的に検討した。 昨年度までに実験を終了し、三角筋の反応時間、三角筋に対する姿勢筋の活動開始時間および事象関連脳電位の分析を行った。脳電位のうち、P1-N1、N2およびP3成分を命令刺激の感覚、知覚および認知処理の指標とし、CNVの後期成分を、命令刺激出現前の運動準備やそれに向けての予測的注意の指標とした。 本年度は、命令刺激に対する誤反応率(標的刺激に対する見落とし率、非標的刺激に対するお手つき率、および全体での誤反応率)と、足圧中心位置の変位について、分析を行った。 P1、N1およびP3成分には、注意分散の影響が認められなかった。注意分散により、N2振幅および後期CNV電位が有意に小さくなった。三角筋の反応時間は遅延し、姿勢筋の活動開始時間は遅くなった。見落とし率には注意分散の影響が認められなかったが、お手つき率および全体での誤反応率が、注意分散により大きくなった。また、見落とし率よりもお手つき率の方の方が、有意に大きかった。足圧中心位置の変位には、注意分散の影響が認められなかった。 これらの結果から、次のことが明らかとなった。高齢者は、標的刺激に対する反応を重視した制御を行っており、注意分散時であっても、感覚処理には、多くの注意を向けていた。注意分散時には、向けることのできる注意資源量が相対的に減少するため、感覚処理以外の弁別処理や運動準備には十分な注意を向けることができなかった。このような制御の違いにより、三角筋の反応時間が遅れ、かつ上肢運動時の姿勢筋の活動開始タイミングが遅くなったが、その姿勢筋の遅れは、上肢運動後の姿勢の崩れを増大させるほど大きいものではなかった。
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