現在インクルーシブ社会として成功しているカナダにおいて、20世紀初頭は、専門家間で社会衛生の議論が過熱する一方で、知的障害者施設と公立学校訓練学級はともに年少児の軽度知的障害という対象を重複させながら、分離保護機関として併存しながらそれぞれに拡大していく時期であった。実際の知的障害者施設では、1920年代前半までこそ、効率的運営という命題のもと恒久保護と施設内自立が目的として採用されていたものの、むしろ1920年代末には一部の入所者に対してコミュニティへの復帰を目的とした方策が試行されていたのであった。
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