研究課題/領域番号 |
25870778
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研究種目 |
若手研究(B)
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研究機関 | 東京理科大学 |
研究代表者 |
阿部 善也 東京理科大学, 理学部, 助教 (90635864)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2015-03-31
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キーワード | 考古化学 / 古代エジプト / 古代メソポタミア / オンサイト分析 / 蛍光X線分析 / 放射光応用 / 古代ガラス |
研究概要 |
当初の実施計画では早稲田大学によるエジプトの考古遺跡の夏期調査に隊員として参加し,可搬型の分析装置を持ち込んで,出土遺物をオンサイトで分析する予定であったが,情勢不安により調査自体が中止となったため,エジプトでの分析調査は見送ることとした。エジプト現地での調査に代わり,当初より予定していた国内美術館での分析調査に加えて,東海大学内に所蔵されたエジプト出土遺物の分析調査を行った。 古代エジプトの遺物に関する研究では,製作年代が明確な資料を分析した結果,青銅の再利用の時代推移が明確化された。古代エジプトにおいてガラス生産が開始された新王国時代初期(紀元前15世紀)のガラス製品を分析したところ,着色剤である銅と共にスズが検出され,ガラス生産の最初期から青銅が再利用されていたことが明らかとなった。さらに新王国時代が終焉を迎え,エジプト領土内に2つの国家が存在していた第3中間期(前11世紀頃)では,一方の国家のファイアンスはスズと鉛を含み,他方の国家ではスズおよび鉛が含まれなかった。これは2国家において青銅の利用形態に差があったことを表している。 古代メソポタミアの遺物に関する研究では,後期青銅時期代(前16~13世紀)のメソポタミアで作られたガラスおよびファイアンス,顔料について集中的に組成分析を行ったが,青銅の再利用の痕跡となるスズは検出されなかった。その一方でごく微量ながらヒ素が検出され,青銅という形ではなくヒ素銅という形で利用した銅製品を再利用していた可能性は十分に考えられる。 こうした可搬型装置を用いた研究に加え,放射光施設において高エネルギーX線を用いた美術館資料の蛍光X線分析を行った。非破壊でガラス中の微量(~ppm)重金属を定量化するメソッドを確立し,古代エジプトとメソポタミアのガラス製品へと適用したところ,生産地によって希土類元素濃度に有意な違いが見出された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
研究の軸となるエジプト現地でのオンサイト分析調査が行えなかった点は致命的であるが,その代わりとして充実化させた国内での分析調査において,エジプト最初期のガラスや第3中間期のファイアンスが分析できた点は大きい。これらの時代の資料はエジプト現地にもほとんど現存せず,また過去の分析例も非常に少ないことから,本研究の成果をまとめていくうえで重要な位置を占めると予想される。 このように,青銅が再利用された工芸品に関する分析は比較的達成されたと考えられるが,青銅そのものについてはまだ研究不十分と言わざるを得ない状況にある。一般社団法人日本鋳造協会より青銅標準物質を借用したことにより,蛍光X線分析による青銅の定量化方法はほぼ確立されたものの,実際の青銅製遺物はエジプト現地での分析を予定していたため,当初の研究計画に比べるとかなり進捗が遅れてしまっている。 当初の計画では初年度に古代エジプトの遺物を重点的に研究し,翌年度より他の地域の遺物へと対象を拡大させる方針を考えていたが,エジプト現地での調査の見送りを受けて,平成25年度のうちから古代メソポタミアの遺物にも手を伸ばすこととなった。結果的にエジプトとメソポタミアでの違いが明確化され,青銅以外の銅製品の再利用の可能性も示されることとなり,予定外ではあるが興味深い成果が多く得られた。 こうした可搬型装置によるオンサイト分析研究の他に,放射光施設での研究はきわめて予定通りに進行した。高エネルギー蛍光X線分析法によるガラス・セラミック中の微量重元素の定量化法が確立でき,実際の考古遺物にも応用することができた。邦文として論文を投稿したが,内容を充実化させ国際誌への投稿も検討する。
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今後の研究の推進方策 |
平成26年度もエジプトでの夏期調査を予定しており,順調に準備が進行している。平成25年度に進める予定だった古代エジプトの青銅製品の分析は,そのまま平成26年度に回す。定量化方法自体は確立されているので,実際の青銅製遺物を分析することで,一定の成果を上げられるものと期待される。現地での分析に先立って,国内美術館で青銅製遺物の試験的な分析を予定している。青銅以外のガラスやファイアンスなどの工芸品についても継続して分析を進め,考古学的な背景と関連付けて青銅の再利用とその規模,あるいは各生産体系の関連性などを議論する。 また当初の方針であれば平成26年度より開始する予定であった古代メソポタミアの遺物については,平成25年度のうちから土台となるデータを蓄積することができたため,今後はこのデータを充実化させていく方向で研究を進めていく。特にメソポタミアのガラス製品については先行研究も含めて分析例が多いものの,ファイアンスや顔料はそもそもメソポタミア圏内での出土例が少ないため,今後はガラス以外の工芸品について重点的に研究する。またメソポタミアでは青銅ではなくヒ素銅としての再利用の可能性が示されたため,今後はエジプトとメソポタミアにおける金属銅の利用形態の違いについても研究対象に含める。 蛍光X線分析法以外の分析手法を導入として,すでにXAFS測定用に平成26年度5月分の放射光実験のビームタイムを獲得済みであり,分析する考古遺物として古代エジプト美術館および東海大学から資料借用の許可を得ている。また銅を主成分とする古代の青色顔料「エジプシャン・ブルー」が強い蛍光特性を持つことに着目し,現在別の科研費で開発中の可搬型蛍光分光計をエジプシャン・ブルーの分析用に改良する予定である。 7月に開催の日本文化財科学会での発表を予定しており,国際誌への論文投稿も含め,得られた研究成果を率先的に発表する。
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次年度の研究費の使用計画 |
平成26年度に繰り越した約70万円は,平成25年度の夏期に予定していたエジプトへの渡航費および滞在費である。エジプトでの分析調査が中止となったため,その必要経費は使用せずに翌年度へ繰り越すこととした。エジプト現地での分析調査に代わって,東海大学等の国内研究機関での調査回数を増やしたが,その分の国内旅費は海外渡航費に比べてはるかに安価であった。 エジプト現地での調査は平成26年度にも予定していたが,本来は平成25年度よりも小規模に行う予定であった。今回繰り越すこととした研究費を平成26年分のエジプト調査費に補充し,本来の予定よりも調査規模を広げ,平成25年度に得られなかった分のデータの補充を図る。なお当初より参加を予定していた早稲田大学エジプト学研究所の発掘調査隊に加えて,近隣で発掘調査を行っているチェコ隊への参加許可も得られたため,一度のエジプト渡航内で複数の考古遺跡を対象とした分析調査を行う。 渡航費以外での使用計画として,国際誌への複数の論文投稿を予定しているため,英文校閲および掲載費として活用する。
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