古代のガラスやセラミックといった人工遺物の化学組成は,使用された原料の種類や採取地を強く反映するため,製法や製造地の考察に際して有効な指標となる。本研究では可搬型の蛍光X線分析装置を考古遺跡や博物館に持ち込んでのオンサイト分析調査,および放射光施設における複合X線分析によって,古代エジプトのガラス・セラミック製品を中心とした非破壊の化学的特性化を進めた。 アブ・シール南丘陵遺跡におけるオンサイト分析調査では,エジプト最古級のガラスビーズを分析し,化学組成からメソポタミア起源であることを明らかとした。特に銅着色の青色ガラスビーズにおいて,青銅の再利用の痕跡であるスズは検出されなかった。共伴して出土した銅着色ファイアンス製品においても,同様に青銅の再利用は行われていなかった。 また,エジプト古王国時代のサッカラ遺跡の壁画の彩色に利用された銅を含む人工青色顔料(エジプシャン・ブルー)の分析においては,銅鉱石由来と思われるヒ素や亜鉛が検出されたものの,青銅由来のスズは検出されなかった。 研究代表者の先行研究で得られた成果も踏まえ,古代の銅着色ガラス・ファイアンス・顔料の生産における青銅の再利用について,以下のような結論が得られた。青銅の再利用はエジプト独自の技術であり,同時代の周辺地域(メソポタミアやミケーネ)では行われていなかった。その始まりは第二中間期末のファイアンス生産であると考えられ,続く新王国時代第18王朝より開始された国内ガラス生産によって,青銅の再利用が加速した。さらに第19王朝以降はガラス・ファイアンス・顔料において化学組成に共通性が生じることから,これらの工房の間で原料の共通化が行われ,体系的な生産が行われるようになったものと考えられる。 また,本研究内で確立された分析手法をローマやペルシャのガラス製品へも応用し,起源や流通に関して数多くの成果が得られた。
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