申請者は細胞内小器官内に発現するムスカリンM1受容体が、海馬CA1領域のシナプス伝達長期増強(LTP)の促進に関与していることを明らかにしている。本研究課題では、細胞内M1受容体による海馬のシナプス伝達長期増強促進反応の分子機構ならびにその生理機能について明らかにするために、電気生理学的ならびに行動薬理学的実験を遂行した。その結果以下のような結果を得ることができた。 1.海馬スライスを用いたフィールド記録実験において、高頻度刺激より誘導したLTPはカルバコール(CCh)で細胞内M1受容体を刺激することにより顕著に増強した。このCCh による増強はpaired pulse ratioを変えなかったことから、ポストシナプス側でのシナプス伝達効率の増大によるものであることが分かった。 2.ピペット内にM1受容体遮断薬ピレンゼピンを封入してCA1錐体細胞にホールセルパッチクランプすることによりLTPの測定を行ったところ、CChによるLTPの促進は消失した。このことから、プレシナプス終末やグリア細胞に発現するM1受容体ではなく、ポストシナプス側の細胞内M1受容体の刺激がLTPの成立に重要であることが判明した。 3.選択的に細胞表面のM1受容体を遮断するMT7もしくは細胞表面および細胞内のM1受容体を非選択的に遮断するピレンゼピンを側脳室内に持続投与して、空間記憶課題(モリスの水迷路および新奇物体探索課題)に対する細胞内M1受容体の関与を検討した。MT7投与により記憶障害は全く観察されなかったが、ピレンゼピン投与では記憶障害の傾向が観察された。しかしながら、M1受容体の空間記憶に対する役割は、当初予想していたものよりも小さく、明確な差は得られなかった。したがって、今後M1受容体の寄与がより大きいと考えられる情動学習課題を用いて神経精神機能に対する役割を再検証する計画である。
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