本年度も習近平政権下における言論統制の余波を受けて、現地におけるインタビュー調査はうまくいかなかった。そのためインタビューの後づけなどを行う文献史料調査に切り替えるとともに、研究計画の最終年度でもあるので、これまでの調査で蓄積したオーラルヒストリー史料及び関連する文献史料を用いて、アウトプットを出すことを心がけた。 結果として、本年度出版した論文2報と編著2冊の執筆において、本科研での調査の成果を活かす形で研究成果の一部とすることができた。特に本年度末に出された「初等教育の普及と「戦後」中国社会」(『中国21』45号所収)では、2013年度調査で得たインタビュー記録を匿名化して利用し、地方(県)アーカイブ史料と組み合わせる形で論じた。これにより、当時の中国農村社会(江蘇省呉江県)における小学校の実態や、民衆の教育に対する考え方などを明らかにすることができた。そのため本科研研究計画で掲げた研究目的である「学校教育を通したイデオロギー浸透」の一端を解明することができたといえる。 上記論文で特筆すべきは、呉江県では民衆の近代教育に対する需要が1949年の中華人民共和国成立以前から一貫して高かったことを実証したことである。これにより本科研の研究計画で掲げた「社会主義中国における学校教育の政治的機能と、学校教育を通したイデオロギー浸透の実態を解明する」という研究目的の前提を明らかにしたとともに、中国江南農村における近代化の過程等について、旧説を再考する余地があることを示したといえる。 また2016年年末に出版された論文「現代中国における大学と政治権力」(『史潮』新80号所収)及び『現代中国の起源を探る―史料ハンドブック』、そして2017年3月に出版された『変容する中華世界の教育とアイデンティティ』といった編著書においても、明示はしていないが本科研での成果が活かされている。
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