本研究は、収益性を高めるために必要な顧客維持率を、プロオーケストラを事例にして明らかにしようとした研究である。そのために、次の二つの仮説を検証してきた。第一は、プロオーケストラであっても、クレジットカード業などのサービス業と同程度に、その市場は、Double Jeopardy現象を記述するディリクレモデルで近似できるはずであるという仮説である。第二は、他楽団よりも市場浸透度が低いにもかかわらず鑑賞頻度の高い楽団、すなわちディリクレモデルで導かれる理論値から正に逸脱した鑑賞頻度の値を示す楽団の収益性は高いはずであるという仮説である。 研究最終年度に当たる本年度は、二つの仮説検証の結果をまとめた。その結論は、第一の仮説は支持されるものの、第二の仮説は支持されないというものであった。これらの成果は査読論文1本、論文2本、学会報告2件にまとめられた。 具体的には次のとおりである。第1に、前年度に収集したアンケートデータを解析し、第一の仮説が支持されることを示した。すなわち、オーケストラ市場は先行研究と同程度にディリクレモデルで近似できるのである。第2に、このような近似の妥当性を確認するために、他のサービスとの相対的な位置を探った。オーケストラはクレジットカードなどと比較可能であることが明らかとなった。第3に、オーケストラの市場ではモデルの理論値よりも下回る鑑賞頻度しか達成していない楽団が数多くあるという新しい事実を発見した。この事実は従来のアート・マーケティング研究の主張と矛盾しないことを意味している。第4に、それにもかかわらず、楽団の収益性はモデルからの逸脱度では説明できない。第二の仮説は棄却された。なぜ仮説が棄却されたのかを解くことがアート・マーケティング研究における課題の一つであることが明らかとなった。
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