本研究の目的は、記憶・学習の基盤であるシナプス伝達の可塑的変化に直結した細胞内シグナル変化を可視化して、記憶・学習の成立過程を見て理解する基礎的な方法を確立することである。具体的には、運動学習を担う小脳の唯一の出力細胞であるプルキンエ細胞に焦点を当て、シナプス伝達変化の可塑的変化を単一シナプスレベルで高解像度かつ長時間にわたり可視化する技術を確立することをめざしている。特に、比較的理解が進んだシナプス後部と、それに比べ理解が遅れているシナプス前部双方でのシナプス伝達制御機構を比較検討しながら、電気生理学的解析と組み合わせた実験系を構築する研究を展開した。 前年度の研究で、興奮性シナプス長期抑圧に加えて、抑制性シナプスでの長期増強が運動学習に寄与することを明らかにしたが、26年度はこの抑制性シナプス長期増強の誘導に重要な役割を担うリン酸化酵素CaMKIIの活性をモニターするFRETプローブを作成した。そして、実際にプルキンエ細胞で抑制性シナプス長期増強が起こる際に、持続的なCaMKII活性化が起こる様子を可視化することに成功し、その長期活性化がCaMKIIのサブユニット構成に依存することを見出した。その結果、長期増強の成否もCaMKIIのサブユニット構成により影響されることも分かった。以上より、運動学習に寄与するシナプス可塑性の成立と密接に相関する分子活性を可視化することができ、本研究の当初目的の一端が達成できた。 また、シナプス前部の機能解析に関しては、前年度までの研究でプルキンエ細胞の軸索終末に直接パッチクランプ記録することに成功し、高頻度活動時に活動電位が修飾される結果、シナプス伝達の短期シナプス可塑性が起こることが示唆されていた。この点について、軸索終末のCaイメージングおよびシナプトフルオリンを用いた伝達物質放出の可視化により確かめた。
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