研究実績の概要 |
移動運動する細胞の進行方向を決定するシグナル分子にPI(3,4,5)P3(PIP3)がある。PIP3とPIP3の脱リン酸化酵素PTENは自己組織化により細胞膜上で相互排他的に分布する。そこで、PTENの細胞膜との相互作用のPIP3依存性を共焦点および1分子イメージングによって解析した。まず、細胞膜のPIP3レベルを人為的に変化させる系を構築し、PIP3レベルを上げるとPTENが細胞膜から細胞質へと移行することを明らかにした。PIP3が自身の分解を抑制するポジティブフィードバックが働くことを示唆している。この系を用いて、細胞膜に結合しているPTEN分子を1分子イメージングによって可視化し、結合時間と拡散軌跡の統計的解析によって細胞膜に結合してから解離するまでに起こるPTEN の状態遷移を説明する数理モデルを構築した。PTENは拡散係数で区別できる3つの状態をとることを既に明らかにしている。解析の結果、拡散の速さが中程度の状態が酵素として活性のある活性状態であり、PIP3の脱リン酸化に伴ってPTENの膜への結合性が低下することが分かった。PIP3レベルを上げると、拡散が最も遅く脱リン酸化活性の低い安定結合状態が抑制されて活性状態をとりやすくなった。このことから、PIP3レベルが低いと安定結合状態をとって酵素反応に携わらずに細胞膜に蓄積する傾向にあるが、PIP3レベルが高いと活性状態をとってPIP3を脱リン酸化すると同時に細胞質へ移行するようになると考えられる。本研究が明らかにしたPIP3からのフィードバックによるPTENの状態制御は、PIP3とPTENの細胞膜上でのレベルに相互排他的な双安定性をもたらすものであり、細胞の前後極性形成メカニズムの基盤をなすと考えられる。
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