研究課題/領域番号 |
25871138
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研究種目 |
若手研究(B)
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研究機関 | 独立行政法人理化学研究所 |
研究代表者 |
鈴木 晴 独立行政法人理化学研究所, 光量子工学研究領域, 基礎科学特別研究員 (50633559)
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研究期間 (年度) |
2013-04-01 – 2015-03-31
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キーワード | テラヘルツ分光 / 相転移 / 高強度テラヘルツ波照射 / シクロヘキサノール |
研究概要 |
本研究では,テラヘルツ(THz)分光法を用いて,これまで統一的な解釈が先送りになってきた分子凝集体における相転移機構の解明を目指す.注目するのは,「相転移前駆現象」と呼ばれる相転移の兆候であり,前駆現象に対応する分子運動モードが相転移プロセスとどのように関わっているかを明らかにする.凝縮相に特有な分子間振動(格子振動)の検出に有効なTHz分光法を用い,温度変化および高強度THz波照射によるスペクトルの変化から,転移に関わる振動モードが外場摂動からどのような影響を受けるかを調べる. 本年度は,THz時間領域分光器を作成し,高出力・波長可変THz光源(is-TPG)に組み込むことで,高強度THz波を照射しながらTHzスペクトルを同時にモニタする装置を完成させた.試料位置に温度変調ステージを組み込み,100 K-400 Kの温度域での測定も可能にした.この装置を用いて,結晶多形を有するシクロヘキサノールについて,高強度THz波照射による多形転移の誘導を試みたところ,準安定結晶phase IIIから安定結晶phase IIへの転移において,高強度THz波を照射によってphase IIIのTHzスペクトル形が変形する可能性が示唆された.スペクトル変化誘起の詳細な条件を調べたところ,最終的に,この現象は高強度THz波照射によるものではなく,温度履歴や試料厚の微妙な違いに起因することが明らかになった.この結果を受けて,THz分光法でシクロヘキサノールの多形転移を詳しく調べ直したところ,新たな相phase I’を発見し,相転移挙動の全容解明へとつながった.現在,この成果を論文にまとめて学術誌に投稿中である. 上記の研究と並行して,さまざまな分子凝集体のTHz分光研究も行った.具体的には,種々のナイロンにおける構造相転移,低分子ゾル-ゲル転移などが挙げられる.ナイロンの研究成果の一部は,論文にまとめて出版した(Chem. Phys. Lett. 2013).
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本研究の目的は,分子固体において凝縮相に特有な分子間振動(格子振動)が相転移現象とどのように関わっているのかを明らかにすることにある.温度変化および高強度THz波照射によるスペクトルの変化から,相転移に関わる分子振動モードが外場摂動からどのような影響を受けるかを調べ,相転移機構の解明につなげる計画である. 本年度は,高強度THz波を照射しながらTHzスペクトルを同時にモニタする装置を完成させ,結晶多形を有するシクロヘキサノールについて,高強度THz波照射による多形転移の誘導を試みたが成功には至らなかった.具体的には,準安定結晶であるphase IIIの1 THz付近の格子振動吸収に合わせて120 Wの高強度テラヘルツ波を照射して,安定結晶phase IIへの転移誘起を試みた.高強度テラヘルツ波を照射しながら昇温してphase IIへ転移させた際に,得られたphase IIIのスペクトル形状変化を観測さした.しかし,再現実験には成功せず,スペクトルの形状には,(高強度テラヘルツ波照射というよりも)むしろ温度履歴や試料サイズが大きく影響することが明らかになった. その後,シクロヘキサノールの各結晶相の多形現象を調べるTHz分光測定を詳細に行い,複雑な移現象の全貌解明に成功した.THz分光によって,シクロヘキサノールの多形現象の詳細を明らかにできたという点では,重要な成果であり,本来の「テラヘルツ帯の凝縮相に特有な分子間振動(格子振動)から相転移現象の仕組みを明らかにする」というテーマにも合致している.ただし,明らかになったのは「相転移の進行」→「THzスペクトルの変化」という相関関係であり,「THz帯のエネルギー励起」→「相転移の進行」という逆過程の解明には至っていない.後者こそが,当初想定していた研究の枠組みであり,その意味で,当研究課題の進捗状況は,軌道修正を加えつつ進行している段階にあると評価できる.
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今後の研究の推進方策 |
高強度THz波の照射で相転移の誘起に成功しなかった理由は複数考えられる.もっとも大きな可能性は,THz波の照射効果が温度の効果を超えられなかったことである.1 THzは温度にして48 Kに相当するため,シクロヘキサノールで転移誘起を試みた250 Kよりも大幅に低温である.したがって,12 Wの高強度光源を用いても,5フォトン効果をもたらすには不十分であったと考えられる. 現状の打開策は,①ターゲットを変更する,②低温での実験を可能にする,の2つを考えている.①で,より低温での多形転移を示す化合物を選定して,②の低温システムでそれを測定する.現在用いている高強度THz光源(is-TPG)の周波数帯域が1 - 3 THzであるため,この帯域に吸収ピークを示す化合物を探す.また,低温(10 K以下)における相転移の有無も調べ,注目している吸収ピークが相転移に関連してどのように変化するかを調べる.②の低温実験システムを構築するに当たって,100 K以下の測定を可能にするため,液体ヘリウム冷却システムの導入を行う.具体的には,Oxford社のフロー式冷却クライオスタットを導入して,THz波が透過するように窓材などに改良を加える. 上記の高強度THz波照射の研究と並行して,様々な相転移を示す化合物の,THzスペクトルの温度変化についても調べる.これは,シクロヘキサノールで成功したTHzスペクトルの時間相関から,転移現象の解明に迫る試みであり,様々な化合物の転移現象において共通する性質を導き出すことで,転移現象の普遍的なメカニズムの解明につなげていきたい.現在進めている,ナイロンの構造転移やゾル・ゲル転移を示す低分子化合物の研究をさらに継続するほか,長周期構造を有する錯体化合物の測定なども進めていく.
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次年度の研究費の使用計画 |
当該年度に,液体ヘリウムフロー式クライオスタットの本体および温度コントローラーを購入した.このクライオスタットを,テラヘルツ分光器に組み込むに当たり,分光器に合った外部真空容器(OVC)を作製する必要がある.このOVC作製に20万円以上かかると見積られた,当該年度の残額では不足すると考え,次年度に繰り越す判断を下した. 「理由」で記述したように,次年度繰越費用は,次年度所要額の一部と併せて,液体ヘリウムフロー式クライオスタットをテラヘルツ分光器に組み込むためのOCVの作製に充てる計画である.
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