本研究の目的は異文化接触にともなう文化・民族間の調和や共生をキーワードに、アジアにおける中国系ディアスポラを対象に多面的に研究していくことであった。第1の目的は、タイとミャンマーの国境域に居住する中国系イスラーム社会の宗教実践を通して、多文化共生の問題を考えることであった。具体的には、イスラーム社会で重視されているハラール食品と善行の実践が、異郷における共同体形成のなかで中核的な役割を担っていることを指摘し、食文化が単なる物質的、生物学的な目的のみならず、伝統民族文化とイスラーム文化の継承、さらには在地(タイ社会)や多民族を包摂した文化実践であることを明らかにした。とくに、断食明けの祭りなどの共食儀礼が、喜捨による宗教上の善行をともない、そのことが他民族との共存をうみだす文化装置となっている点を指摘した。本研究の第2の目的は、日本・神戸に住む中国系キリスト教徒社会を対象に、移民の宗教実践とコミュニティの形成について考えることであった。先行研究では神戸の華人社会の非キリスト教徒研究が多くを占めるなかで、本研究では、交易ネットワークによって生み出された神戸の華人コミュニティを母体にして、1949年以後、中国での宣教活動の経験をもつアメリカ人宣教師によってあらたにキリスト教がもたらされてきた歴史的経緯と華人信徒の動きについて明らかにした。本研究では、台湾系華人と中国大陸系華人の信徒が、それぞれの文化的政治的歴史的立場を超えて、キリスト教の受容を通じてあらたに共同性を構築している点ならびにそこでの諸葛藤を指摘することができた。以上のように本研究では、タイ、日本とフィールドを変えながら、移民と宗教が生み出すコミュニティや共同性の構築プロセス、他者との共生について実証的に研究を行うことができた。
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