研究課題/領域番号 |
25884002
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研究種目 |
研究活動スタート支援
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研究機関 | 岩手大学 |
研究代表者 |
梶 さやか 岩手大学, 人文社会科学部, 准教授 (70555408)
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研究期間 (年度) |
2013-08-30 – 2015-03-31
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キーワード | 西洋史 / 近代 / ナショナリズム / 東欧 / ポーランド:リトアニア:ベラルーシ:ロシア / 知識人 / 多言語社会 |
研究概要 |
今年度は主として、十一月蜂起(1830-31年)と一月蜂起(1863-64年)に関する史料・研究文献を国内図書館のほかポーランド・リトアニア・ベラルーシ等で収集し、それらの分析を行った。 十一月蜂起は、ポーランド王国の立憲制の有名無実化に対する抵抗とその帰結としての独立運動であった。そこには分割以前の貴族共和政的な制度的基盤とそれを担った人々の連続性がある程度看取できる。リトアニアでも貴族による地方自治や連盟などの伝統的手法が蜂起の組織化に活かされた。他方、一月蜂起はロシア大改革期の社会的・経済的な変化を受けて生じた。ポーランド王国での労働者を中心とした示威行動や、その鎮圧による被害者を悼む民族的かつ宗教的な運動の広がり、農奴制廃止の議論とともに展開した農民反乱などを背景に、ポーランドの左派活動家の知識人らが中心となって起こした独立運動であった。したがって一月蜂起の際には民衆言語による宣伝(K.カリノフスキなど)や、カトリックの聖職者の指導(A.マツキェヴィチなど)を通じた非ポーランド語地域をも含む農民の動員もなされた。より多くの社会層の支持の獲得が蜂起政府の喫緊の課題であったわけだが、これに対してロシア政府の側も農奴解放の条件を示して農民の宥和を試みた。 しかしながら十一月蜂起の時点で既にジェマイティヤ地方などで農民の自発的な蜂起参加があり、農民出自の部隊指揮官も存在した。このことからは、民族的共同体(ネイション)の社会下層への拡大は単線的・不可逆的に展開したわけではなく、地域差や個人差を伴って展開したと考える方が妥当であろう。またポーランド語やカトリック以外の言語・宗教集団に対しては、他の民族集団というよりむしろ領主・地主と農民という身分・社会層の差として当時は認識されていたが、のちになって蜂起の経験が各民族ナショナリズムに利用されることとなったと言えよう。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
海外での資料収集の時期が遅くなったことから、資料や文献の分析には若干の遅れが存在するものの、昨年(2013年)は一月蜂起勃発150周年であったことから、当初の計画にはなかったが今後の研究を進めるうえで重要となる、一月蜂起に関する各国の記念行為や歴史認識について検討する機会を得た。従来一月蜂起は、リトアニアやベラルーシの近代ナショナリズムの立場からは自民族の仮想敵であるポーランド人の蜂起・独立運動として、またソヴィエト史学においては地主やツァーリズムに対する農民解放運動として捉えられてきた。現在では、一月蜂起はポーランドで最も盛んに顕彰されているものの、独立後のリトアニアでも彼ら自身の独立運動として顕彰されている。他方ベラルーシにおいては、親ロシア的で政府寄りの歴史観と、ベラルーシ・ナショナルな歴史観の間で一月蜂起に関する認識に大きな差があり、後者によって同蜂起が民族解放運動と位置づけられ、小規模ながら記念展示や顕彰が行われた。
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今後の研究の推進方策 |
十一月蜂起と一月蜂起の間の時代には、のちにリトアニアやベラルーシの民族文化と見なされることとなる地域主義的な文化(文学・音楽・演劇など)や社会活動、学術研究(考古学・歴史・言語学など)が生まれた。今後は、これらについて、著述や活動対象の選び方や、境界領域に存する領域や集団の位置づけ方、身分制度に対する態度などの分析を通じて、ネイション概念の垂直的な広がりと領域的な広がりや、ポーランドと(ベラルーシを含む)歴史的リトアニアとの関係を検討する。こうした活動の多くはロシア語やポーランド語という支配的な言語で行われたが、民衆言語によるものもあり、複数の言語を操る知識人も存在した。近年研究が進みつつある、自身が境界領域に位置するこうした知識人に関する研究を利用・参照しながら、身分・階層間相互の有機的な関係を問う視座に立って研究を進める。 これらの地域主義的な文化・学術活動は旧リトアニア大公国地域のみならず、ロシア帝国の首都ペテルブルクや、十一月蜂起敗北後の亡命先である西欧でも営まれた。今後の研究では時間的な制約から考察対象を限定せざるを得ないが、その際は上述のような旧リトアニア大公国地域外でなされた活動や、蜂起とは距離を置いた知識人らの活動についても最低限の動向を把握することとしたい。 研究文献や史料については平成25年度中に収集できなかったものもあるため、国内の大学図書館やヨーロッパの図書館・文書館等を利用して収集にあたる。また海外出張の際に、当該地域の歴史家との意見交換にも努める。
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