元禄2年刊行の説話集『本朝故事因縁集』は『一夜船』や『本朝怪談故事』等様々な作品との影響関係が指摘される。近世文学世界の根幹をなす作品の一つといえる。しかし同書の研究は進展しておらず、まとまった研究論文としては申請者による「『本朝故事因縁集』をめぐる考察-周防国を中心として」(『国語と国文学』平成24年12月号)があるのみである。この論文では周防国を中心に説話の形成過程を検討したが、それに加え、松江藩を出所とする説話群、ならびに畿内における説話収集の形跡を確認することができた。したがって『本朝故事因縁集』には少なくとも三つの説話収集の過程があるといえる。 特に松江に関する説話は松江藩松平家の初代松平直政治世時期の松江の武家に関するものがまとまって見出せる。近年歴史学においては、19世紀の言説として近年共同体の由緒を藩祖と関連づけて語るという由緒研究としての、藩祖信仰研究が展開されている。これに対しこれら説話群は、松江城下形成期の不安定さをも語るものである。 また18世紀頃から各地で私的に編纂される地誌が出現するが、出雲や周防の地誌には『本朝故事因縁集』からの引用が地域の情報として記される。さらにはより私的な寺院や家の記録にも『本朝故事因縁集』の説話の引用が確認される。これらの写本は、「正しい」情報として『本朝故事因縁集』を取り入れるとともに、ときに「より正しい」情報を『本朝故事因縁集』の記事に加える作業も行う。すなわち地域社会は、自らに関連する情報を『本朝故事因縁集』から回収しようとするのである。 地域社会において、諸国話としての版本のうちで一度希薄化された土地の物語を再度意味付けようとする読みがあったことは、従来見落とされてきた。本研究は地方社会における版本受容についても新しい視座を提供するものである。
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