前年度に続き、南北朝最末期に勃発した室町幕府の内紛を描く軍記作品『明徳記』を主要な研究対象に据えた。先行研究では既に、『明徳記』が将軍義満と管領細川頼之という体制のもと、内紛が鎮圧されるという構造を持つことが明らかにされている。これまで、その構造の背景に管領頼之の寺社本所領保護政策があることを検証してきたが、その成果が今年度に論文として刊行された(大坪亮介「『明徳記』における義満・頼之体制とその背景―寺社本所領保護への注視―」『文学史研究』第55号、2015年3月)。 『明徳記』の構造と寺社本所領保護政策との関連からは、『明徳記』の叙述が当時の公武のあり方とも結びついていることが推察される。加えて、『明徳記』に先行する『太平記』では、一見事物の列挙に過ぎないような記事が、実は公武関係の一大画期を叙述する上で重要な機能を担っている(大坪亮介「公武関係の転換点と大内裏―」神戸説話研究会編『論集 中世・近世説話と説話集』和泉書院、2014年9月)。これらよりすれば、当時の公武のあり方と『明徳記』の叙述との関係を解明していくことが、当初の研究目的を達成する上で重要であると考えた。具体的には、当初予定していた伊勢参宮記事から視角を変え、『明徳記』で謀反を起こす山名氏清の形象を分析、『明徳記』が氏清を新田義貞に擬え、朝敵認定をめぐる食い違いを作り出すという叙述の特色が、南北朝最末期の公武をめぐる時代状況を反映している可能性を探った。 以上、本年度は『明徳記』と土地政策との関係から出発し、南北朝期の公武のあり方と歴史叙述との関係についても収穫を得ることができた。その一方で、当初の計画では今年度押し進める予定であった承久の乱に対する歴史認識と土地問題との関わりについては、まとまった研究成果を出すには至らなかった。この点については今後の課題として、研究期間終了後も考察を続けていきたい。
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