平成26年度の研究は、前年度の文献購読、意見交換を中心とした理論を踏まえつつ、それらを継続しながらも、最終年度の結論として、現代社会において促進される「死の隠蔽」ないし「死のタブー視」と、その歪みにおいて顕在化する終末期医療の問題に対する哲学的実践の具体策を提示した。 成果の第一に、終末期医療の臨床では、死という事実に対して、死にゆく者やその家族、医療従事者が適切な態度を見出せずに苦悩していることが問題とされているが、本研究では、この問題が医療現場での突発的、局所的問題ではなく、現代社会の死の隠蔽構造が必然的に導き出した本質的な苦悩の顕在化であるということを、哲学、社会学、精神病理学等の学際研究によって明らかにした。 成果の第二に、臨床において、病理としてではなく、人間に本質的な苦悩として死を扱うために必要とされる、死生観の存在意義を、比較文化的な事例研究を踏まえながら明らかにした。医療の範囲を越えて、確たる死生観を形成することが苦悩の解消につながることになるが、文化、伝統ごとの死生観の多様性からくる苦悩の意味づけとそれへの対応の相違のほかにも、文明社会全体の傾向としての死生観の空洞化による意味づけの不可能性が現代ではより重要な問題となる。 成果の第三に、上述の現状を踏まえて、死の臨床における死生観の相互形成を導く哲学的実践として、「実存的コミュニケーション」の可能性を提示した。死生観形成においては、苦悩の解消という一方向的なケアではなく、本質的な苦悩を各々が固有なかたちで受容し、意味づけるという態度をとらねばならない。ただし現状では、臨床現場における死の隠蔽の構造がそれを阻むものとなるため、積極的介入によって家族や共同体による死の語りを引き出す環境構築が必須の条件となる。 これらの成果は主に書籍のかたちで体系的に発表した。
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