研究課題/領域番号 |
25884063
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研究種目 |
研究活動スタート支援
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研究機関 | 二松學舍大學 |
研究代表者 |
戸内 俊介 二松學舍大學, 文学部, 講師 (70713048)
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研究期間 (年度) |
2013-08-30 – 2015-03-31
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キーワード | 上古中国語 / 文法化 / 出土文字資料 / 甲骨文 / 金文 / 楚簡 / realis/irrealis / 其 |
研究概要 |
本年度は前年度から取り組んでいた、上古中国の伝世文献や楚簡等の出土文献に見える「名詞+而+動詞」構文の「而」の機能に関して論文を発表した(戸内俊介「上古中国語の「NP 而VP」/「NP1 而NP2VP」構造における「而」の意味と機能」、木村英樹教授還暦記念論叢刊行会編『木村英樹教授還暦記念中国語文法論叢』、白帝社、2013年4月)。本論文では「名詞+而+動詞」構文の「而」が仮定の接続詞「若/如」であるという従来の解釈を退け、逆接の接続詞に由来するものであること、さらに単なる逆接の接続詞から話者の心情を表すモーダルなマーカーへ文法化したものであることを論じた。 このほか、西周時代の非現実モダリティマーカーの「其」に関する研究も遂行した。出土資料の金文を中心に用例を収集・分析し、現在、論文としてまとめている最中である。結論としては、この時代の「其」も春秋戦国時代の「其」と同様、述べる事態をirrealis(非現実)の領域に置くためのマーカーではあるが、春秋戦国時代の「其」が、聞き手に対する敬意を表すなど派生的意味を帯びているのに対し(春秋戦国時代については戸内俊介「上古中国語における非現実モダリティマーカーの“其”」(日本中国語学会編『中国語学』258号、2011年10月)を参照)、西周時代のものはより純粋なirrealis事態表現で、事態が実現していないことを積極的に示すマーカーであるというものである。言い換えれば、西周時代の「其」は単純なirrealisマーカーであったが、時代が下るにつれ、語用論的に強化されることによって、聞き手への敬意など各種派生義を獲得していったと考えられる。 上記の2つの研究は従来、上古中国語内部において同質のものと捉えられがちであった「而」や「其」の機能語が、実際は上古内部においても、意味機能において変化が見られるという新知見を展開するものである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
今年度は「研究活動スタート支援」ということで、支援が2013年10月からと、開始が遅いものであったが、短期間ながら、後述の「雑誌論文」「学会発表」に記載されているように、いくつかの論文を発表し、また口頭発表を行うことができた。「雑誌論文」の「上古中国語の「NP 而VP」/「NP1 而NP2VP」構造における「而」の意味と機能」は、4月に発表したものではあるが、現在博士論文執筆に向けて、内容を充実させるべく再度検証を重ねている。「学会発表」の「上古中国語動詞研究概況」は現在議論が盛んになりつつある、上古中国語の「非能格動詞(Unergative Verbs)」対「非対格動詞(Unaccusative Verbs)」の動詞分類について発表したものである。概略を言えば、上古中国語の動詞は動作の受け手が主語の位置に立ち、動作の結果が前景化されるものと、動作の仕手が主語に、受け手が目的語の位置に立ち、動作のプロセスが前景化されるものの、2種に分けられるというものである。これらは共に、報告者の上古中国語文法研究においてきわめて重要な一部分である。 このほか、「雑誌論文」では、共著ながら「清華簡『傅説之命』(下)譯注」も執筆した。新たに発見された古文字資料の訳注は、報告者の研究にとって欠かすことのできない基礎作業であり、特に未だ日本で訳注の作られていない資料について発表できたのは、価値のあることだと自任している。以上により、報告者は自身の研究が順調に進展していると考える。 また、平成26年度内には殷代から春秋戦国時代の非現実モダリティマーカーの「其」に関する研究を完成させ、博士論文として東京大学に提出予定であるが、春秋戦国時代の「其」については既に執筆済みで、西周時代の「其」については現在執筆中であり、残るは殷代の「其」のみとなっている。これも当初の計画通りに研究が進行していると言える。
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今後の研究の推進方策 |
西周時代の非現実モダリティマーカー「其」について論文を完成させるとともに、殷代の「其」についても研究を行う。殷代における主要な研究資料は甲骨文である。甲骨文の「其」については、Serruys,Paul,L-M. Studies in the Language of the Shang Oracle Inscriptions.(T'oung Pao vol.60,1974)における先駆的研究があり、Serruys氏は甲骨文の「其」は占いの時、望ましくない事態をマークする語と解釈している。しかし報告者は、「其」は飽く迄も非現実事態を積極的にマークする成分でしかなく、「望ましくない事態をマークする」という機能は「其」の非現実性によってもたらされた派生的意味にすぎないということを論じる。同時に、「其」が望ましい事態をマークする現象も時に甲骨文に散見されるが、これについてもirrealisという視点から解釈できることを論じたい。 さらに、報告者はかつて、戸内俊介「殷代漢語の時間介詞“于”の文法化プロセスに関する一考察―未来時指向を手がかりに」(『中国語学』254 号、2007 年)にて殷代の時間を導く前置詞「于」の文法化プロセスについて検証したことがあるが、本年度は時間を導く前置詞以外の機能、例えば対象や被動作主、起点などへの文法化プロセスについても、殷から西周時代を中心に検証する予定である。
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