アイルランドの女子高等教育機会獲得運動は、歴史・文化・文学・社会学の複数の視座に立って考察できる大変興味深い現象である。本研究の前半期では、主にこの運動が持つ文化的側面および文学的側面について、資料を収集し考察を深めた。前者については、ゲーリック・リーグの女子支部が設立されていた女子カレッジにおけるカリキュラムの内容、及びアイルランド文芸復興を支えたダン・エマー・ギルドが労働者階級の女性の職業教育機関として機能していたことが精査できた。後者においては、ブッカ―賞候補の常連作家であるジョン・バンヴィルやアイリス・マードックが描いたアイルランドを舞台とした小説の個別研究を行い、女子カレッジから巣立ったガヴァネスを文学的モチーフとして使用することに、彼らのアイリッシュネスの一端を見いだせた。 本研究の後半期における論文執筆の過程で、この運動を現代社会学的問題としてもとらえられる視座を持てた点はもっとも意義深く今後の研究への広がりが感じられた点である。現在のアイルランドにおける女性の高等教育進学率は高いが、就業率となるとさほど高くはない。それは全世界的によく見られる傾向のようで、国によっては不況からくる雇用不安の表れであり、選択的に専業主婦となる高学歴女性が増えていることが話題になっている国もある。教育が目的であった時代から手段となった時代を経て、今、女子高等教育にはどのような意義が見いだせるのか。女性にとって教育は果たして将来的にサステイナブルな人生を切り開くのか。この辺りを、今後はとりわけ所属大学の特質を活かし、高等教育を受けた後に芸術に携わった女性たちを追うことで考察してみたい。 この運動の歴史的独自性を精査するために本研究期間の後半期に予定していた国内外の調査出張は、それに至るまでに想定以上の時間がかったこともあり、次年度以降の所属大学の個人研究費を利用して実施することとした。
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