中央アジア近代史の再構成を進める上で、イスラームが重要な鍵となることは言を俟たない。本研究はこうした問題関心に基づき、近代中央アジアの遊牧社会をイスラームの動態という視点から明らかにすることを目的とする。その際本研究は、旧ソ連領と中国との境界に位置する天山山脈周辺に居住する遊牧民族クルグズ(キルギス)に主眼を置くとともに、とりわけ部族を率いた首領層の動向に着目した。 本研究を進めるにあたっては以下の手順と方法にしたがった。まず、中央アジア各国(カザフスタン、クルグズスタン)の公文書館に収蔵されている公文書館に収蔵されている、ロシア帝国植民地当局によって作成された公文書史料を収集した。さらに同時代にクルグズ自身の手で書かれた系譜書類や、かつての首領層の子孫が所有するファミリーアーカイブ史料を収集した。次いで、これらの史料の読解・分析を進めていった。その際、単に史料上に現われるイスラーム的な側面のみを抽出することに終始せず、そういった要素が中央ユーラシアの遊牧的伝統やロシア支配といった諸側面とどのような関係にあったのか、相互連関的な側面に注目しながら分析を進めた。 収集史料を読解・解析することで以下のことが明らかになった。まず、ハッジ(聖地巡礼)をはじめとするイスラーム実践が、19世紀末から20世紀初頭にかけて展開したロシア支配のもとで形骸化しつつあった遊牧部族の首領としての権威を補強する意味合いを有していたこと。さらに、そうした伝統的側面に加えて、当時近代的知識人層(ジャディード)を中心に展開していたイスラーム改革運動への参画を通した社会の近代化や改革が念頭に置かれていたことも明らかになった。
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