本研究は,発話行為場面における敬語運用の変化を,授受表現や他の発話行為(命令表現,申し出表現)に関わる要素と対照させることにより研究するものである。敬語が変化することで授受表現や他の発話行為に関わる表現がどのように変化するのか,また,それらの変化に時代差・地域差が見られるのか,という点に注目した。 本研究では[1] 命令表現,[2] 申し出表現の研究を進めた。[1-1] 方言の命令表現では,西日本方言における連用形命令の導入の様相を明らかにした。調査の結果,大阪方言ではすべての活用の動詞に連用形命令と命令形命令の対立があった。しかし,広島方言では命令形命令が「起きー」のように長音形をとりアクセントも下降を持つ。また連用形命令でも,「起きーや」のような形をとりアクセントの下降が存在するため,一段動詞では連用形命令と命令形命令の区別が見られなかった。アクセントを含めて記述すると,大阪方言と広島方言には命令表現体系に差異があることがわかった。 [1-2] 命令表現の歴史では,「起きんかい」などの否定疑問形の運用が近世においては東西共に活発であるが,近代以降,西日本ではそのままよく用いられるのに対し,東日本ではほとんど運用されていないことがわかった。このことについて,敬語や待遇表現の複雑な西日本と簡素な東日本の対立があるため,命令表現においても西日本は複雑な体系をなしていることを要因として考えた。 [2] 申し出表現では,鹿児島県方言の「くれる」の運用の変化について調査し,敬語体系と授受表現の運用の関連性について考察した。調査により,鹿児島県方言の中でも,無敬語になった方言では授受表現でも「くれる」を目上の上位者への申し出で使うことができるが,丁寧語を維持している地域は「くれる」の運用も維持している,という相関関係が明らかになった。
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