本研究は、幕末の国学結社橿園社中・鈴屋社中・椎本社中の文事とその交流の模様を解明することにより、幕末国学史の再構築を試みた。 まず始めに、本研究の軸とする幕末長崎の国学者中島広足の旧蔵資料に関してその全容を把握するために、長崎諏訪神社に伝わる資料群を調査し、学界未紹介の広足自筆稿本・手沢書入れ本等の存在を明らかにした。次に、広足と交流のある鈴屋社中・椎本社中の関連資料と諏訪神社資料に基づき、三者の文事を結び付けて論じることにより、幕末国学史の新たな一面を示した。例えば、近世後期には宣長「物のあはれを知る」説が儒教道徳と関連させて受容されており、現代的な解釈と大きく異なることを明らかにした。
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