本研究の目的は,日独両国という異なる文化的・社会的背景の下で行われる熟練教師による算数・数学科授業にみる相互作用の形成過程の特徴について,一連の発問-応答過程の構造および授業事象に対する授業者と学習者の意味構成を視点とした比較文化的研究を展開することによって,授業という複雑な事象を成立させうる日本の授業の文化的特質に関する新たな知見を提供することである. 平成26年度は特に次の2点について取り組んだ.第1に,「一次関数」に関する連続した数学科授業の分析から教授学習過程の様相を解明することを試みた.特に,一連の授業から数学的内容の構成と,教授行為やその背後にある意図を特定することで,特徴の顕在化を図った.その結果,日本の授業では,多様な表現の一体化した理解を形成すること,及び新たな概念の導入に関わる一体化した文脈を創出することが目指され,これらに関わる営みが「仕組まれた問題解決」の主軸を成していることが明らかになった.第2に,日本の算数科授業において,教師は授業のねらいの一方で,いかに児童の考えを取り入れながら相互行為を構成しているかについてその様相を分析した.その結果,教師が矢印表記や手差しによって丁寧に「注目された焦点」を示し定義へとつないでいること,及び発話だけでなくさまざまな表現の仕方を介して,子どもの視点を制御していることが明らかになった. 我が国では,教師の意図を踏まえて授業を議論することの重要性は広く認識されているだろう.一方で,その意図に照らして教室の現象を記述していくこと,特に単発ではなく一連の授業系列に基づき実証的に解明する研究の蓄積は,未だ十分ではない.本研究の成果は,連続した視点から授業を分析することで教授行為を決定づける教師の意図の重要性が浮き彫りとなった点である.今後は,他の授業の分析と突き合わせて成果を精緻化していくことが課題である.
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