本研究の目的はヴェブレンの経済学方法論と経済理論を統合的に理解するための解釈的基礎の提示である.本年度の具体的な課題は,これまでのテキスト解析をもとに研究成果論文の執筆を進めることであったが,実績としては次の2件の論文発表を挙げることができる.
論文「若きヴェブレンのカント『判断力批判』研究:進化論的経済学のルーツをたどる」は,イマヌエル・カントの哲学をめぐるイェール大学大学院時代のヴェブレンの哲学研究が1890年代以降の経済学方法論の形成過程に少なからず影響を及ぼしたと言える形跡を綿密に辿っている.主として1884年論文の精読によって彼がカント第三批判をテーマにしたことの意味を探りながら,その読解が独特かつ大胆な再構成を伴っていたことを示した.また,カントの反省的判断力のコンセプトを帰納的推論力と読み替えた彼の方法が「日常生活に対する真摯な眼差し」をベースとする科学者像に由来する方法であり,その点で後に示される進化論的経済学構想とほぼ同視角であることも指摘した.
論文「ヴェブレンの進化論的経済学における機械論の位置」は,まず彼の進化論的経済学の機械論的方法論の核心が事実問題を重視する科学者の精神習慣にあることを跡づけているが,この論理を彼の文明史とつき合わせることが,ヴェブレンの経済学方法論と経済理論を統合的に理解するための一つの糸口となることを指摘した.同精神習慣の湧き出でる源とされたのは産業的生活であり,この点を肯定する限り,産業技術の進歩とともに進化する科学という科学史観に依拠せざるを得ないはずであるから,価値中立的と見なされがちな彼でさえも,経済学の実践的性格をより根本的なレヴェルで前提していることになる.これにより,彼の経済思想は,もっぱら生物学的アナロジーにのみ引きつけられてきた従来解釈よりもずっと拡がりのある論理構造を有していることが明白となった.
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