本年度は2つの国内学会および1つの国際学会で報告をおこない、模擬評議の会話分析をもとづきそのコミュニケーションの基礎構造についていくつかの知見を提出した。その内容はおおむね以下のとおりである。 第一に、裁判員評議における発言の順番交代は、日常会話とは異なり、主として「会議型」のシステムによって進行する。すなわち、次に誰が順番を獲得するかを決定する優先的権利は議長に割り当てられている。このシステムは、すべての参加者に均等に発言機会を分配するという点では、日常会話にはない利点をもっている。他方模擬評議では、議長である裁判官はしばしば「裁判員全員に向けた質問」をおこなう。こうした質問の後にはしばしば沈黙が生じるが、沈黙に対処するために裁判官は「質問形式の変更」「質問の宛先の変更」というプラクティスを順序立てて用いる。こうしたプラクティスの探求は、公平かつ円滑な評議形成の手がかりとなるだろう。 第二に、裁判員どうしが活発に議論するためには、議長を経由せずに直接裁判員どうしが言葉を交わす必要があり、その場合には合議体は会議型の順番交代システムから逸脱し、局所的に日常会話型の順番交代システムへと移行する必要がある。模擬評議では、こうした移行は行為連鎖のシステムと密接に関連して生じていた。すなわち、他の裁判員の発言で示された意見に同意をしたり、逆に反論したりするといった行為は、日常会話型の順番交代システムのもとでのほうがおこないやすい。したがって、どのような行為連鎖がどのような順番交代システムと親和的であるかをあきらかにすることが、日常会話型のシステムを「呼び出す」プラクティスを探求する手がかりとなるだろう。 こうした知見の積み重ねによって、どのように評議を運営すれば意見を述べる機会の公平性と、活発な意見交換とを両立させることができるかについて知見を体系化することが今後の課題である。
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