本研究の目的は、個人内での比較を行うための一対比較モデルを提案することであった。一対比較法は、複数の対象に関する間隔尺度を構成するための手法であり、心理学や官能検査など様々な分野で利用されている。従来の一対比較モデルでは、個人間の比較を可能にする選好度(嗜好度)を得ることができるが、「職業選択の動機」や「人生における価値観」のように価値や態度を測定する際には、個人間の比較ではなく個人内の比較が重要となる。そこで、代表的な手法の一つであるScheffe法に注目し、共分散構造分析によるScheffeの一対比較モデルを参考に、個人内分散を導入した一対比較モデルの提案を行った。 はじめに、シミュレーションによって、対象の数(6個、8個、10個)および個人内分散に指定する事前分布(逆カイ二乗分布)の自由度(3、4、6)の組合せに関して、推定精度にどのような違いがみられるか検討した。分析の結果、対象の数が多いほど個人内分散に関する推定精度が高いことが分かった。続いて、「職業選択の動機」に関する調査を実施し提案モデルを適用した。また、同じデータに共分散構造分析によるScheffeの一対比較モデルも適用して、嗜好度(因子得点)を推定した。そして、嗜好度の推定値を利用して個人内分散を計算し、提案モデルとの比較を行った。分析の結果、提案モデルの個人内分散の推定値と共分散構造分析によるScheffeの一対比較モデルで計算される個人内分散に関して、高い相関が得られた。 個人内分散を推定することで、対象に対して明確な価値や態度を持っているかを考察することができる。また、事後的に個人内分散を計算するのではなく、モデルに個人内分散を組み込むことで、個人内分散を説明変数として回帰分析を行うといったより高度な解析を行うことが可能となる。
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