本研究は,脳損傷による失書(字が読めるけれど書けない)症状の理解や,より優れた臨床評価の開発を目指す基礎研究である。具体的には,失書検査やリハビリにおいて,患者がどの程度“上手く”文字が書けているかについての比較基準(健常者データ)を定めることを第一の目的とした。次に,臨床現場における,書字の障害の程度を簡易的に計測する方法を提案することを第二の目的とした。 本年度は,初年度に引き続き,健常者に対してペンタブレットを用いた学習実験を行い,更なる結果の検討を重ねた。初年度と同様に,トレードオフの観点から,運動時間を優先させた場合と精度を優先させた場合ではどちらでも学習効果は見られることを確かめた。これに加えて,両条件における5日間の各指標の推移データに基づき,書字のような複雑な運動においては,精度と速度では異なる制御(内部モデル)が使用されている可能性を示唆した。同時にこの結果は,最終的な速度を予め指定してから運動精度を求める方略と,精度を重視して速度を上げていく方略は根本的に異なるシステムの更新の仕方によることを示唆する。この可能性はリハビリ場面のみならず,今後のスポーツ分野などにも応用可能である。本結果は,学会発表にて報告し,現在論文執筆中である。 失書患者に対しては,健常者データに基づいて,iPadアプリを開発し,簡易な書字運動測定パッケージを開発した。このパッケージにより,臨床現場における簡易・定量的な検査ツール・リハビリツールが提供できた。このパッケージによって得られたデータを標準化することによって,通常の指標では検出できない失書患者の異常を可視化することに成功した。これらの結果は,健常の運動モデルの範囲内で,脳損傷による書字障害の運動的な側面が説明できることを示唆する。本結果は,学会発表にて報告し,パッケージ自体も公開できるよう準備中である。
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