本研究の目的は、原子気体の冷却で大成功を収めたレーザー冷却の手法を、実用的な観点からより重要な固体の冷却に適用できないかを探索するものである。アイデアは、固体中のフォノンを介した光の散乱過程のうち、高いエネルギーの光が散乱される確率を光共振器で増強することで冷却を実施するというものである。テラヘルツにわたる固体中フォノンの周波数をカバーするため、誘電率の大きなシリコンで微小な球を作成して広帯域な光共振器を実現できると考えた。本研究では、その微小球の温度を正確に測定するための系の構築を主眼に置いて研究を進めた。当初は、微小球内に常磁性体のイオンをドープし、その磁化率測定を磁気力顕微鏡を用いて観測することで温度プローブとすることを提案していた。研究を進める中で、強磁性共鳴を用いた強磁性体の磁化率測定が温度プローブとして非常に優れていることを見出した。具体的には、サブミリメーターサイズの球体の強磁性体(YIG)微小球サンプルを使い、サンプル内に励起する長寿命マグノンの周波数を測定することで、そのサンプル温度が非常にいい精度で見積もれた。この結果は、固体のレーザー冷却に必須の温度の正確な観測を、強磁性共鳴を利用したマグノン周波数測定で実現できることを意味し、固体のレーザー冷却を実現する対象として強磁性体が非常に魅力的であることが示唆された。また、強磁性体(YIG)微小球サンプルの微小な熱的磁化振動(マグノン振動)を光のファラデー回転で観測することに成功した。このことは、光ーマグノン散乱過程があることを示唆し、冷却の原理である光の散乱過程に関しても、当初予定していたフォノンの自由度ではなく、強磁性体特有のマグノンの自由度が使えそうだということも見出した。
|