当該年度は、各個体の年齢や位置、性別などの異質性を考慮することが出来る各種構造化感染症モデルとしての非線形偏微分方程式システムを中心に研究を行った。特に、基本再生産数 Ro の導出と、その閾値的性質に関する解析を研究の焦点とした。具体的な一結果として、非線型反応拡散方程式系として記述される空間構造と年齢構造を含むSIS感染症モデルに対し、確率論に現れるファインマン・カッツの公式を利用した基本再生産数 Ro の定式化を行い、Ro が 1 以下であれば感染症の無い状況に対応する自明平衡解のみが存在する一方、Ro が 1 より大きければ感染症の定着する状況に対応するエンデミックな非自明平衡解が存在することを証明した。その他、感染後の経過時間としての齢構造を含むSVEIR感染症モデルやHIV細胞モデルなどに対し、適切なリャプノフ関数を構成する上で必要となる解軌道の相対コンパクト性や、一様パーシステンスの証明を行った。結果として、Ro が 1 以下である場合の自明平衡解の大域的な漸近安定性と、Ro が 1 より大きい場合の非自明平衡解の大域的な漸近安定性を示すためのリャプノフ関数の構成に成功した。それらの結果は、複雑な構造を持つモデルであっても、基本再生産数 Ro が解の性質を決定付ける閾値としての役割を果たすことを理論的に保証するものであり、その疫学的指標としての有用性を改めて示すものであった。
|