キラル分子の絶対配置とその光学純度を決定することは医薬品、毒物、香料の生理機能と関連して非常に重要である。しかし、キラルアルコールなど、紫外域に吸収を持たない分子は紫外円二色性では測定することができない。これらの系には振動光学活性分光や、シフト試薬添加によるNMRが適用可能であるが、必要な試料濃度、絶対量が大きく、測定時間も長い。本申請の目的は、希土類錯体をプローブとした誘起共鳴ラマン光学活性(IRROA)分光を用いて、 μM濃度のキラルアルコール、ケトン、アミン、リン酸の絶対配置および光学純度の迅速な決定法を確立することである。これにより新規で応用可能性の高い、誘起ラマン光学活性に基づいた高感度迅速キラル分析法が構築されうる。 キラルなアルコール、ケトン、アミン、カルボン酸について、構造の異なる多数の分子を試料としてIRROA測定を行い、複数のスペクトルを得た。キラル試料濃度へのIRROA強度の依存性を調べ、個々の分子の検出限界濃度を求めた。アミン類については1.0 μM濃度においても分子絶対配置に依存したスペクトルを検出することができた。さらにキラル分子の構造と、検出されるEu錯体の電子遷移ROAスペクトルとの相関を調べ、それによって試料の絶対配置をスペクトルより決定する為の経験的法則の導出を検討した。 得られたIRROAスペクトルの強度を、分極率モデルを用いた単純化された理論計算により予測し、実験と比較することで、Eu錯体の強い誘起ROA信号を説明できる単純なモデルの構築を行った。キラル分子がEu錯体に配位するだけでは、IRROAの巨大な信号を説明することはできず、元々Eu錯体に存在しているキラルでない配位子の配位構造がキラル分子の配位によってキラルとなり、その為に強いIRROA信号が発生することが分かった。
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